囚われたのは君の方だよ

 じゃらり、と、手首に繋がれた鎖が鳴る。その音さえ愛おしい物だ。だって君からの愛を象徴してる様じゃあないか。

「―――ただいま……帰りました」

 私と外界を隔てている扉を開けて、名前が帰ってくる。嗚呼、待ちくたびれたよ。数時間遭わないだけで之程恋しくなるなんて。

「お帰り名前。……疲れた顔をしているね。大丈夫?」
「…………」

 彼女は私の問いに応えず傍に来ると、私の肩口に顔を埋め首に腕を回した。抱きしめ返してあげたいけれど、鎖がそれを許さず、先程とは違い僅かな苛立ちを憶える。

「治さん」
「……名前?如何したの」
「治さんは……私の、もの、ですよ、ね」

 震える声で君が問う。何を、今更。

「当たり前じゃないか。私は君のもので、それはずっと変わらない」
「私は……」

 名前が顔を上げる。濡れた瞳が此方を見て、直ぐに伏せられる。

「私は怖い。貴方が居なくなることが。貴方は何時かきっと私の傍を離れて行ってしまう」

 判っている。判っているさ。だから君は私を閉じ込めた。
 他の誰の処へも行かないように。

 そんな事をしなくとも私は絶対に君の元を離れたりはしないけれど、私も喜んで鎖に繋がれた。それで君が安心できるのならばと。


 ………………それなのに。
 それなのに彼女の瞳には、未だに恐怖が見え隠れする。

「でも、……」
「でも……何だい?」
「…………」
「……君は一体何に怯えているのだろうね。君の望む通りなのに」




 ―――――――何に、なんて。
 本当は判っている。自分の目に何が浮かんでいるか。
 ―――――――どれ程強い情欲が滲み出ているのか。


「貴方は……」


 名前の体は僅かに震えている。それすらも可愛らしくて、愛おしくて、様々な感情が込み上げてくる。

 愛している。愛している。愛しているよ。

 大丈夫、私は君のもの。そして君は私のものだ。
 私が君に繋がれている限り。私が君を繋いでいる限り。

「私が、この儘、逃げてしまったら、如何しますか」
「……そんな事を、云わないでくれ給え」

 出来るだけ甘く、優しく囁きかける。触れ合うほどに顔を近付ける。じゃら、とまた鎖が鳴った。お互いの吐息が感じられて、まるで口づけを交わしている様。

「名前」

 怯える君と目が合う。口の端が吊り上がるのを止められない。

 可愛い名前。哀れな名前。私を繋いだのは君自身だ。
 今更私の内に巣食うモノに気が付いたって、もう遅い。

「私は君がいないと狂ってしまうよ」

 愛しい名前。君は逃げない。逃げたら私に理由を与えてしまうから。
 
「ねぇ、」

 だから、いっそ逃げてしまえばいい。
 そうすれば、今度こそ、私は君を捕まえられる。

「愛しているよ、名前」

(2016.11.10)
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