とあるマフィアと詐欺師の話
(番外編IF話「いつかどこかの攻防戦」続き)
名字 名前(22)
ポートマフィア構成員。中原中也の部下。上司の元相棒である元幹部の話は知っていたがそれが誰かまでは知らなかった。真逆親友を誑かして泣かせた女好きの詐欺師がその元幹部だったとか勘弁してください。復讐するためにあえて太宰に告白して付き合い始めたけど嘘だってバレたし全然復讐になってなくてとても困ってる。
太宰 治(22)
ポートマフィアの幹部だったが親友の言葉により、マフィアでは生きる意味など見つけられないと悟って身を引く。その後自分が何のために生きているのかまだ判らない侭詐欺師として嘘に塗れた人生送ってたら面白そうな娘に出逢っちゃって惚れちゃった案外単純な男。絶対落としてやろうと思ってるけど中々口説けない如何しよう。
『詐欺師と云うのは何処か歪んでやがる』とは敬愛する上司の談だ。その時はよく意味が判らなかったが今なら同意出来る。というかおそらくその言葉は目の前の男の事を示していたのだろう。底抜けに明るい笑みで本当の表情が隠されてこの男が何を考えているのか全く判らない、と男を見遣り乍ら女―――名字名前は思う。
「如何したの名前。そんなに私の顔見詰めちゃって……惚れ直した?」
「ペラペラ回る口が余計ですね、縫い合わせて出直してください」
「そんな事をしたら君への愛を囁けなくなってしまうじゃないか」
「囁きたいなら其処の植木鉢にでもどうぞ。枯らさない様にご注意ください」
名前は溜め息を吐きつつ男―――太宰治の妄言を流す。
横浜市内の喫茶の席に座るこの二人の関係は、所謂『恋仲』というものである。
然しその実態は些か特殊だ。
始まりは名前の親友が、名前に泣きついた事。
『あの人……っ!!私の他に女が居て……!散々助けてあげたのにこんな……!』
『助けた』とは所謂金銭関係の事だ。単なる浮気かと思われたが、親友の事を思い行方を眩ました男に一言云ってやろうとその素性を調べ上げた名前によって、それが悪質な詐欺師による寸劇だったことが判明したのだ。この事を知った友人はますます塞ぎ込んでしまった。
どうしても赦せなかった名前は親友の制止を振り切って詐欺師―――太宰治に特攻を仕掛けたものの、殺せない事が判明して作戦を変える。
そう、この男の恋人に為って油断させ、寝首を掻いてやろうと云う物だ。近しい者に為らば幾ら詐欺師であろうとも弱みを晒すに違いない。
然し、結果は。
『詐欺師を騙せると思ったのかい?お嬢さん』
「ねえー名前、聞いてる?」
「あ、済みません……耳が受け付けなかった様で……」
「非道い!」
ぎゃあぎゃあ喚く恋人。そう、今も恋人を続けているのは此の男の提案に他ならない。
元幹部という普通ならばもう無効であろう権限は此の男にとっては特権なのだ。今も首領に信頼を置かれている以上幹部の座に就いているにも等しい。悲しい事に名前はその権力に逆らえる地位でもなければそのような度胸も無い。
彼を騙そうとした事をネタに脅迫紛いの恋仲持続宣言をされた以上受け入れるしかなかったのだ。
全く如何してこうなった。否、自分の浅はかさを呪うしかないのだろうか。
「中原さんの云う通り……」
―――――『食えない奴』だ。上司の言葉を心の中で反芻する。
と、其の時、文句を云っていた太宰がピタリと黙った。不審に思った名前が顔を向けると、不満そうに、恨めしそうに太宰が此方を見ている。
「…………何?先刻から中也の事考えてた訳?」
そう云えば此の男、元相棒と物凄く仲が悪かった。名を出しただけでこれなのだから余程嫌いなのだろうと内心呆れる名前は、太宰が何故不機嫌なのか本当の理由を知らない。
「別に先刻からでは……」
「名前、私云ったよね」
先刻とは打って変わって頬杖をつきニッコリと微笑む太宰に名前は頭を抱えたいのを辛うじて抑えた。こうなった太宰は死ぬほど面倒臭い。
「君は私の恋人なんだからね。君が私の事『好き』だと云ったのだから」
「…………だから、それは」
「『それは嘘です』じゃあ赦さないよ。騙し通す覚悟も無かった癖に」
男の、笑顔とは裏腹の鋭い視線に名前は眉を顰める。否、それともその言葉が図星だった所為か。
「詐欺師に為れば嘘の重さが厭という程判るのさ。だから『嘘』なんて言葉ではぐらかして逃げるなんて絶対に赦さない」
「………………」
「私を騙そうとしたのが運の尽きだったね?精々覚悟し給えよ」
莫迦にしたように嗤う詐欺師はこの娘を逃がす心算など一切無い。一番嘲笑うべきは己の執着心である事は判ってはいるが知った事では無いのだ。
『お前が求めるものはこんな処には無い』
その言葉がきっかけで闇から抜け出しても自分の生が実感出来ず、偽りで固めていた己の外層を、この子は打ち砕いてくれたのだから。
『貴方は善い人ですよ』
この娘はもう殆ど覚えていないだろうが、何気ない会話の中の言葉に何度も戸惑わされて、いつの間にか作り物の笑顔で接することが出来なくなっていた。
惚れた弱みとはよく云ったもので、恋慕の情を考えれば此方が圧倒的に不利な状況だが諦めはしない。
然し先ずは自分を見て貰わなくては始まらないのだ。名前が他の男を思うなど以ての外。
「……それは怖い。覚悟しておくとしましょう」
そんな男の内心を知らぬ名前も、厄介な男に関わってしまった事は十分過ぎる程判っていて気が重くなる。珈琲を飲む為に陶磁杯(カップ)を持つ仕草で太宰から目を逸らす。
判っては、居るのだが。
「却説、この後如何する?」
「帰りたいです」
「私の家に来たいって?仕方ないなあ」
「あの塵屋敷に行くんですか……」
「地味にきついよその云い草は!?」
仕方がない、と行く事を了承すれば、不機嫌だった太宰が嬉しそうに笑う。
ああ、判って居る、と名前は思う。事態を面倒にしているのは自分自身なのだと。
「名前」
自分の名を呼ぶ声も、自分を見詰めてくるその視線も。本心なのか判らない愛の言葉も。
その凡てが心を浸食して、離れてくれないのだ。
「……何ですか」
「……ううん。呼んだだけ」
そう云って一寸困った様に笑う太宰に、素直に微笑み返せない自分がもどかしく感じるのが一体何故なのか、未だ良く判ってはいない。
――――――片や愛しい女性を落とそうと奮闘する詐欺師。片や詐欺師に無自覚に惹かれ始めている鈍感娘。
面倒な事になっている二人が描く恋愛模様や如何に―――――。
続かない(2017.02.16)過去拍手お礼小説
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