じゅくじゅく、みしみし。
 おおよそ人間の身体からは発せられぬ音が、室内で蠢いていた。耳を塞ごうとして、それが叶わぬことを虚ろな頭で思い出す。
 ぐちゅり、ぐちゅ、ぐちゃ。
 フローリングの床は硬く冷たい。お腹がぐう、と鳴った。投げ出された棒切れのような脚を引き寄せ、身を縮めた。

 玄関が、開いた。近づいてくる足音が振動として直に伝わる。
「ぅ、あ」
 呻いた。否、それは悲鳴だった。甲高くも大きくもない、けれど必死で絞り出した、めいっぱいの叫び。震えたまま半開きになった唇の端から涎がつたう。
 影に覆われた。
「××××××××××××××」
 黒い大きなシルエットが何事かを言う。持っている白のビニール袋を逆さにした。
 おにぎり、菓子パン、パックの牛乳。なんの配慮もなく降ってきたそれらに、名前は反射的に目をつぶった。包装が頬をかする。重たい紙パックが頭に当たり、床に落ちた。
「××××××」
 分からない、わからない。
 影が引いて、どこかへ行った。
 もうなにも分からなかったけれど、猛烈な飢餓感が名前の身体を動かした。メロンパンの袋を肩で押さえ、首を伸ばして歯で破った。中身が潰れたけど、どうでもいい。床に転がったメロンパンを這ったままかじる。
 同じ要領で、もうひとつあったメロンパンと六枚切りの食パン、おにぎり八つを腹に収めた。牛乳は開けられなかった。
 じゅくじゅく、ぐちゃ、みしり。
 依然音は続いている。
 再生の音だ。生まれ変わっている音だ。
『生まれる』は望ましく、喜びに満ち溢れたものだ。保健室の先生が言っていた。
 なのに、なぜ名前の『生まれる』はこんなにもおぞましい。


 ぐちゅり。
 音が止んで、やっと耳を塞げた。




名字名前

▼個性『蘇生』
生物のみに作用する個性。死んだ状態のものを再生し、取り戻すことができる。蘇生時は体内のエネルギーが蘇生部位に集約する。蘇生の際にエネルギーを外に発散し、衝撃波にも似た力を生むことが可能だが、通常蘇生よりおよそ1.5倍のエネルギーを必要とする。


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