お花見危機一髪

「今日あたり満開だな」
 紅葉の隣に立っていた少年が笑いながらそういうのを、紅葉はそっと見上げた。先程、出会った時に自己紹介を済ませたが、彼は綱吉のクラスメイトで友人の山本武だ。快活で人柄もよく、イタリアから帰ってきたばかりと話す紅葉にも気さくに接してくれる。二年生から並盛中学校に通うつもりだと話せば仲良くしようぜ、と握手したのは沢田家の前での話だ。綱吉いわく、並盛中学校の野球部エースで、運動神経もいいということだった。
「いい花見になりそーじゃねーか」
 春の朝独特の冷たい空気が心地よく、見上げる空は透き通るような水色をしている。これから見れるであろう桜の淡いピンク色と合わされば一枚の絵画のように美しいのでないかと容易に予想する事ができる。紅葉は去年のこの時期はひどい頭痛に悩まされて、病院通いの日々だったので桜の記憶は薄い。綱吉や菜々と花見に行った記憶もなく、日本を離れてイタリアにいったはずだ。
「まだ早朝ですし、絶好の場所をゲットできますよ!」
 綱吉の隣に歩いている銀髪の少年が声高にそういった。声の方向に顔を向けてみると、先程まで綱吉に向けていた笑顔が一変して警戒心むき出しの怖い表情へ変わる。どうやら、彼は紅葉が気に入らないらしかった。彼の言動から察するに紅葉が綱吉の幼馴染で、同居していて、何かと頼りにしているという事実が面白くないようだが、そんなことを言われても紅葉としては困るばかりだ。リボーンの話では、綱吉のファミリーの中では彼が唯一、マフィアとかボンゴレについて正しく理解している人物らしく、イタリアでは名のしれた悪童で、九代目――――紅葉からするとティモッテオのおじいさんが綱吉の側に、とイタリアから送ってきたらしい。自己紹介した時に紅葉の「右京」という名字に顔をしかめるような反応を見せはしたものの、それだけですぐに睨みつけてくると「お前の事は絶対に認めねぇ」と言われた。
(……別に認められなくてもいいけど、綱吉の前では控えたほうがいいんじゃないだろうか)
 紅葉は綱吉の気遣うような視線に適当にうなずきつつ、そう思う。紅葉からしてみれば自称十代目の右腕と名乗る人物が他のメンバーと良い関係を築こうとしないのはありなのだろうか、と疑問に感じてしまうのだが、しかし、それを指摘するほどの関係性ができているわけではない。もともと、他人に興味がある方ではない紅葉はいつかそれが彼にとって決定的なものになるのかもしれない、と感じつつも自分に向けられた敵意にも似たそれをつらっと無視するだけだ。だが、釈然としない事は致し方がない。紅葉は場所取りのお供にと持ってきた朝食のおにぎりと暖かなお茶を入れたバッグを大事そうに抱え直して、獄寺から視線をそらした。
 そもそも、なぜ綱吉と紅葉が獄寺たちと共に春の早朝に出かけているかというと、先程からちらちらと聞こえている花見の場所取りのためだ。紅葉がイタリアから帰ってきて数日後、並盛周辺にまでやってきた桜前線の活躍により、桜が満開になる時期を迎えた。奈々の提案で、並盛中学校に通う綱吉の他の友人たちと、紅葉を学校が始まる前に会わせようという話になり、せっかくだからと花見となったわけだ。花見当日、沢だけに居候するビアンキは花見の場所取りについてどこかバイオレンスにとらえていて、ポイズンクッキングという暗殺用の料理を量産している始末だ。なんとか綱吉が説得したのだが、その代わりに絶好の場所をとってこいと朝から追い出されてしまい、たまたま起き抜けだった紅葉もリボーンによって綱吉についていくよう頼まれてしまった――――実際には命令口調だったわけだが――――のだった。
(まだ読みかけだったんだよなぁ、あの本。……続き、気になるなぁ)
 本当は花見ギリギリまで読書に耽るつもりだったのにリボーンはそれを許さなかった。綱吉と一緒にビアンキとリボーンの理不尽についていくらか語り合ってみたものの、どうやらあれはいつものことらしい。綱吉はめちゃくちゃだと思っていながらもそれに反抗する手段が口しか無いので、武力に訴えてくる二人に結局は負けてしまうらしい。紅葉は抵抗するつもりもなかったので、唯々諾々と流れるように従ってきたわけだがそれはあながち間違っていなかったようだ。
「紅葉、疲れてない?」
 綱吉が気遣わしげにそう聞いてくる。一年も入院していたが決して病弱というわけではないのだが、綱吉にはひどい頭痛のせいで突然倒れたり寝込んだりする姿が印象に残っているらしい。確かにそんな姿を一月以上も見せられていたのだから、綱吉の中では元気な紅葉の姿が薄れてしまっていても仕方がないかもしれない。
「平気。前に比べたら、楽になったし、頭痛も減ったし」
「……ホント? 紅葉、昔から限界にならなきゃ言わないしな……具合悪くなったらすぐに言ってよ」
 あまりに心配そうな幼馴染に苦笑しながらはいはい、と適当な返事をして、紅葉は視線を前に向ける。ひらり、と顔の前を薄い色の花びらがよぎっていく。更にその向こう側にはたっぷりと薄桃色の鼻をつけた桜の木が等間隔にずらりと並んで植えられていた。青い空が、まるで桃色に染まっていくほどの絶景に「うわあ」と感激した声が上がるくらいには満開の桜には見応えがあったし、美しい。そして、これだけ満開ならばもう少し場所取りの人がいてもおかしくはないはずだが、いくら早朝とはいえど公園はひっそりとしていて人の気配がまるで感じられない。紅葉が妙だな、と首を傾げている隣で綱吉達は一番乗りを喜んでいたがそれを遮る男の低い声が聞こえてきた。

「ここは立ち入り禁止だ」

 聞こえた声に振り返ってみればそこにはあからさまな不良がそこに立っていた。リーゼントに改造学ラン、目つきも悪く言わずともわかる、不良だと紅葉は判断した。
(……今どき、リーゼントに改造学ランの不良なんているんだなぁ。獄寺みたいなのも、テンプレヤンキーだと思ってたのに)
 紅葉はある種感心した様子で不良を、不躾だとは思うが上から下までついつい眺めてしまった。彼はそんな紅葉の視線も気にした様子はなく、話を続ける。
「この桜並木一帯の花見場所は全て占領済みだ。出てけ」
 あまりにも理不尽だが、事なかれ主義の綱吉は家に帰ってビアンキに殺されそうになるのも、今ここで不良とやりあって怪我をするのも嫌だと言わんばかりをしている。やっぱり、綱吉にマフィアのボスなんて無理なのでは、とため息をつく。元来嫌なことから逃げがちで、戦うことが嫌いな綱吉にはこの状況はとても厳しいものだろう。勿論、紅葉とて無駄な争いが好きなわけではないから、花見の場所程度の為にわざわざ戦おうとは思わない。紅葉は一応、イタリアへ行く前まで空手や柔道、剣道などの武術は一通り習っていたので小柄ながらも、この程度の不良に負けることはない。
「おいおい、そりゃズリーぜ。私有地じゃねーんだからさ」
「誰も話し合おうなんて言っちゃいね―んだよ。出てかねぇとしばくぞ」
 これみよがしに指を鳴らし始める不良相手に、最初に手が出たのは獄寺だった。彼も不良といえば不良なので、煽られれば手がでるのは致し方なかろうと思いつつも、容赦なく鳩尾に膝蹴りを的確に入れる胆力に紅葉は目を見開いた。綱吉がやってしまったか、という顔をしていて、どうやら獄寺はこういう状況になれば、たいてい手がでるようだと紅葉は察した。彼の気は短いのだろう。完全に伸びてしまった不良に紅葉は駆け寄って様子を確認する。水落に的確に膝が入ったので圧迫で一瞬呼吸が止まってしまったようだが、別に呻いているし、完全に意識を失ってしまったわけでもないようなので、問題はなさそうだ。方って置いて良さそうだ。紅葉は自業自得だと、彼を捨て置いて、しかし非難がましく獄寺を睨みつけた。獄寺はガンを飛ばされたと思ったのだろう、更に睨みつけてきた。だが、その二人のにらみ合いは、割り込んできた別の声によって遮られた。
「何やら騒がしいと思えば君たちか」
 別の声の主はやはり、学ランを着ている男だった。先程の男に比べずっと細く、背も高くはない。木に寄りかかって立っている彼は、綱吉たちを一瞥するとゆるく口元に笑顔を浮かべてみせた。当然、彼が綱吉たちを知っているように、綱吉たちも彼を知っているのか、一瞬で彼らに緊張が走り、「雲雀さん!」と綱吉が怯えた声を出した。紅葉はそんな彼の正体を知るはずもないので、とりあえず近くに居た山本の服を引く。
「あれ、誰?」
「ああ、知らねーよな。あいつは雲雀恭弥。並中の風紀委員長で……並中最強の不良なんだ。群れるやつは大嫌いだから、この不良使って人払いしてたみてぇだぜ」
 山本が言い切るか否か。雲雀が持っていたトンファーが獄寺に蹴られた男の顔にめり込む。そのままふっとばされてしまった彼の地がトンファーの先端にこびりついている。その視線の冷たさに紅葉は背筋が凍るような気がした。――――殺気。彼の身体からこぼれ落ちるそれが、身をすくませた。
「見ての通り、僕は人の上に立つのは苦手なようでね――――屍の上に立っている方が落ち着くよ」
 どういう生活をすれば、そんな言葉が出るようになるのか紅葉には一切わからなかったが、確かに危険人物であるということは理解できる。全員が雲雀の言葉に身体を強張らせている中、雲雀の視線がつい、と紅葉へ向けた。綱吉と付き合いがあるからか、見慣れない顔に気付いたといったところだろうか。紅葉は視線と共に向けられる好奇心と、殺気に身が震える。
「君は初めて見るね。――――何者かな」
「ただの女子中学生です、見ての通り」
「ふぅん。……ただの女子中学生は、身構えたりしないものだよ」
 雲雀の冷たい視線が、紅葉に突き刺さる。紅葉はその視線に受けて、ただ表情を変えずに見返す。マフィアではあるらしいけれど、紅葉自身にはそんな自覚はまだない。戦う経験があっても、あくまでも武道の試合としてのレベルである――――はずだ。それでも、向けられている殺気や敵意がある以上、紅葉は戦わなければならないのだろう。立ち上がろうとして、とっさに感じた気配に後ずさった。酔っぱらいの気配だ。
「いやー、絶景! 絶景! 花見ってのはやっぱり女の子はいなくちゃなぁ!」
 突然紅葉は背後から抱きしめられて、動きを止めた。酒の香りが紅葉の鼻腔を撫でて、思い切りえづきそうになったが、なんとか堪えて腕の中で藻掻いてみせる。だが、一向に腕は解ける気配はなく、慌てて腕を掴みとってひねり上げると、背中を伝わせて、思い切り投げ飛ばした。
「ほ、ほげーー!!」
「ド、Dr.シャマル! っていうか、紅葉、その人投げちゃだめだって!」
「は……反射的に」
 紅葉に投げ飛ばされてしまったドクターと呼ばれるその男はドクターという名前にふさわしい白衣を身につけているものの、随分と草臥れている中年で、無造作な髪や無精髭にだらしのない笑顔、そして強いアルコールの臭いが紅葉にはどうにも受け入れがたく、つい反射に近い行動で相手を背負投してしまった。だが、相手は思い切り投げ飛ばしたのにも関わらず、平然とした様子であり、しかし紅葉を一瞥した瞬間、まるで亡霊を見たかのような顔を見せるのだから、逆に紅葉が面をくらってしまった。
「テメーまだいやがったのか、スケコマシ野郎!」
「オレが呼んだんだ」
 シャマルが立ち上がった木の上にリボーンが現れる。彼はいつものスーツ姿ではなく、茶人ですと言わんばかりの和服に身を包んでいて、普段の面影はあまり感じられなかった。花見という風流な場に合わせてきたのだろうか。紅葉はそこに気を取られてシャマルから視線を外してしまったが、シャマルもその間に気を取り戻したらしく、一瞬苦々しい顔をしたもののそれ以上何も言う様子は見られなかった。
 雲雀とリボーンはお互いの顔を見て笑い合う。
「赤ん坊、会えて嬉しいよ」
「オレ達も花見がしてーんだ。どーだ、ヒバリ、花見の場所をかけてツナが勝負すると言ってるぞ」
「なっ、なんでオレの名前出してんだよー!!」
 確かに普通に考えれば突然名前を出されれば、驚いてしまうだろう。実際、突然名前を出された綱吉はリボーンに反論してみれば、しかし反抗する手段が口しか無い綱吉はリボーンに勝つことなどできないのですでに決定事項のようだ。雲雀はしばし思案した様子で、いいよ、と呟く。
「じゃあ、君達三人とそれぞれサシで勝負しよう。お互いヒザをついたら負けだ」
 そう言って笑う雲雀は正直尋常ではない。
 綱吉はケンカであることにビビっているが獄寺や山本はルールがあるということで、受けるつもりのようだ。シャマルという医者もリボーンの差し金であるということを考慮すれば、これははじめから決定事項だったのかもしれない、と紅葉は考える。最強の不良とは言えど、ルールを自分から設定したのならば戦いやすいといったところだろうか。
「心配すんな、そのために医者も呼んである」
「あの人、女しか診ないんだろ!?」
 確かに初対面であっという間に紅葉に絡んできた事実を思うと女好きなのは察せられる。しかし医者でありながら、女しか診ないとはよっぽどだ。紅葉が呆れと軽蔑を籠もった眼差しを向けると、シャマルはバツの悪そうな顔を一瞬だけ見せたもののすぐにその表情は消えて、さっさと雲雀の元へ行ってしまう。
「へー、おめーが暴れん坊主か。おまえ、姉ちゃんいる?」
 雲雀は表情一つ変えずに、シャマルに向かってトンファーを振り抜いた。勢いよくふっとばされ、桜の木に打ち付けられたシャマルの間抜けな悲鳴が桜並木に響き渡る。そのまま気絶したようにぐったりと動かなくなってしまったシャマルを紅葉は本当に呆れたように見るしか無いが、同時に小さくため息をつく。
(……彼もやっぱり裏稼業の人間なんだな)
 ふと目を凝らした先にいるのは小さな虫だ。殴られた瞬間、指からカプセルのようなものを弾いたシャマルの、そのカプセルの中から出てきた虫だ。――――蚊のように紅葉には見える。それが何を意味しているのかは紅葉はまだわからなかったが、視線を追った先にはリボーンがいて、彼は紅葉が何を見たのか気付いたらしく、しいと小さな指を立てて合図した。はじめから言うつもりもなかった紅葉はリボーンに小さくうなずいてみせる。
 紅葉は事実から目を背けるようにして、リボーンが用意してくれた椅子に腰掛けて、ひざ掛けをかけてもらった。
「女が身体を冷やすべきじゃねえからな」
「ありがとう。えっと……大丈夫なの?」
「ああ。もう、決着付いてるからな」
 リボーンはにっと笑ってみせる。決着がついている、というのはどういう意味だろうか、と思案してしかし、すぐに思い至る。あの一瞬でのされた医者だ。紅葉はふむ、と考える。何をどうやったのかわからないが、シャマルが指で何かを弾いていたのを見た。おそらくはリボーンはそれを言っているのだろう。
「まあ、心配すんな。お前の幼馴染も、その仲間たちも十分に成長してるぞ」
 楽しげにそういうリボーンに紅葉は目をぱちくりとさせる。綱吉が成長しているようには紅葉には見えなかったが、しかし、彼もこの一年で色々変わったのだろうか。――――そして、勝負はあっという間だった。雲雀恭弥は間違いなく最強の名前にふさわしい人物だと紅葉にもよく分かる。ダイナマイトという一級品の危険物を取り扱う獄寺にも十分驚かされたが、そのダイナマイトの爆風を雲雀はトンファーを自在に操り躱すと、獄寺をかばうように出てきた山本の刀をトンファーの仕込み鈎で抑え込んで彼を地面に叩き伏せた。強引な力技だけではない、流れるように、まるで舞っているかのような動きのキレに紅葉はごくりと息を飲んだ。そして、同時に自分だったらどう戦うのかという思考が頭の端に現れて、慌てて首を振った。マフィアだと聞かされたが、そこまで思考に染まる必要はないはずだ。
「それで、そこの君。君は戦わないのかな」
 雲雀から向けられた声に、紅葉は彼を見据える。立ち上がろうとした紅葉の前には綱吉が立ちふさがる。
「く、紅葉は病み上がりなんですっ」
「ふぅん……じゃあ、君が相手をしてくれるのかな」
「えっ、そ、それは……」
 綱吉が戸惑った視線で紅葉を見る。しかし、一番驚いているのは紅葉の方だ。今まではどんな嫌なことからも逃げるばかりで、何か怖いことがあれば綱吉は紅葉に守られていた。なのに、その綱吉が紅葉を雲雀からかばおうとするなんて思いもしなかった。
「そういうなら、さっさと暴れてこい」
 リボーンが綱吉に向けた銃口から放たれた一発の弾丸が、綱吉の額を撃ち抜いた。今までの気弱な雰囲気とは違う額にはオレンジ色の炎が灯り、まるで蛹から蝶へ浮かしたかのように突き破って出てきたせいか下着以外は何も身に着けてはおらず、「復活!」と叫んで、雲雀へとむかっていく。あまりに変わりように紅葉はぽかんと口を開けたまま、雲雀と戦い始める綱吉を眺めてしまう。一体、綱吉に何が起こったのだろうか。
「あ、れは……?」
「死ぬ気弾だ。眉間に撃つと、死ぬ直前に後悔したことを達成するために死ぬ気になって、撃つ前とは比べ物とはならない力を発揮することができるっていうボンゴレの秘弾だ」
「――――死ぬ気……?」
 聞いたことがある気がする。まるで、遠い昔、そんなことを誰かが言っていたような気がする。残像のように目がかすむ。目の前で戦っているのが雲雀と死ぬ気になった綱吉のはずなのに呉羽の目は何か別のものをみているような気分だ。つきりと頭の奥が悲鳴のような痛みを訴える。イタリアで少し収まったはずの痛みが蘇ってきて紅葉は反射的に頭を抑えて、椅子の上でうずくまる。山本がソレに気付いて紅葉の身体を支える。
「おい、大丈夫か?」
「……あ、うん……平気」
「顔色悪ぃぜ、本当に大丈夫かよ」
 山本が心配そうに紅葉の身体を支える。すでに簡易椅子に座っている紅葉だが、背もたれがないため身体はあまり安定していない。山本に支えられ、なんとか息を整えていると、綱吉の額から炎が消えてしまう。そして、いつもの綱吉に戻り、雲雀のトンファーが一撃が叩き込もうと振りかぶられ――――しかし、それが綱吉が当たることはなかった。どさりと、雲雀は自分の意に反してヒザを地面に着けてしまったようだ。彼自身が意図しなかったのだろう目を大きく見開いて驚いた顔をしている。勿論、綱吉たちも驚いている。
「奴の仕業だぞ」
 リボーンが指差した先にいたのは、倒れていたはずのシャマルだ。彼は殴られた顔を擦りながらも、ゆったりと起き上がっていた。
「シャマルは殴られた瞬間にトライデント・モスキートを雲雀に発動したんだ」
 やはり紅葉があの時見たのは蚊――――モスキートだったようだ。綱吉が驚いていると、頬に赤みを残したシャマルが不敵な笑みを浮かべている。
「わりーけど、超えてきた死線の数がちがうのよ。ちなみに、こいつにかけた病気は桜に囲まれると立っていられなくなる『桜クラ病』つってな」
 病名と発症状お件があまりにもへんてこだが、しかしそれに救われたのは事実だ。おそらく綱吉だけでは雲雀に勝てなかっただろうと紅葉はそっと息をつく。大きな怪我が無くて何よりだ。雲雀は当初の約束を守って、桜クラ病の影響で足元がおぼつかない様子だったが、花見場所を綱吉達に譲って退散した。

「さて、お嬢ちゃん、診てやるよ」
 シャマルが綱吉たちの知り合いが沢山やってきて大層にぎやかになった花見の喧騒から少し離れていた木陰で休んでいた紅葉の元にやってくるとその近くに腰を下ろして、紅葉の手をとった。先程に比べ、彼の顔の赤みは引いているように見えるが、それでもやはり雲雀に殴られた後は痛々しいほど赤い。
「…………結構です」
「いやでも、リボーンにお前の主治医を頼まれたからな。……症状は軽い頭痛か?」
「軽くはないけれど、頭痛と目眩が、あります」
 紅葉は少し収まってきた頭痛を思い出して顔を思い出す。山本にも顔色が悪いと指摘されてしまったし、もしかしたらこれは一生つきまとうのではないだろうか、と思うと憂鬱だ。解離性健忘症だと診断されていることを話すとシャマルは話を聞きながら紅葉の手首を掴んで脈を測ったり、まぶたを動かして紅葉の目の色を確かめていた。
「ま、今は大した事なさそうだな。……とりあえず、頭痛薬としてこれ飲んどけ。辛い時にカプセル一個だ」
 よく見ると病院の薬の紙袋を渡されて紅葉は顔をしかめる。中身を見てみれば中には大きなカプセルがいくつも入っている。処方箋と書かれた袋の表面には頭痛時、カプセル一つ服用と書かれていた。とりあえず、今、痛いから飲んでいいかと聞くとシャマルはうなずいて、コップに入った水を渡してきた。不誠実そうだが医者であることには間違いないようだった。紅葉は、それを受け取って一つだけカプセルを口に放り込んで、水で流す。ごくり、と飲み込むと、シャマルが真剣な眼差しを向けて紅葉を見る。
「いいか。頭が痛い時はその前に何かあったはずだ。できるだけそれを書き留めておくんだ」
「……はい」
 薬を飲んだという安心感だろうか、すっかりと頭が軽くなった気がしてくると、綱吉がビアンキに追いかけられているのが見えた。仕方ない、助けたやるか、と紅葉は重たい腰を上げて、一度シャマルに頭を下げると走り出してしまった。もう少し頭痛が治まるのを待てばいいだろうに、と思いつつも、シャマルは何も言わなかった。

「ま、気休めだが、ないよかいいだろうな」