本日のお召し物〜シュードのプレアデス式普段着、近衛騎士仕立て〜 一
 島々が天空に浮かぶ世界、アズールのとある小国で、前代未聞の事件が起こった。
 プレアデス王国の第一王女誘拐未遂である。
 貴人の誘拐を企てて実行した者がいる――それだけでもあってはならないことなのだが、それでもその事実はこの事件が与える衝撃の大きさの理由の一つに過ぎない。この事件が前代未聞と言わしめるには、いくつもの事情と複雑な背景があるのだが――。
 王女誘拐未遂事件の発生現場に駆けつけたのが、この国の王に仕える近衛騎士シュードだった。彼は狙われた王女ナスタ、共に現場に居合わせたヒーラーのリリィを連れて、犯人を捕らえる大命を拝受する。
 奇しくも、プレアデス王国国王との緊急会談――何の因果か、昨日深夜にアルデバラン王国で起きた、これまた前代未聞の事件を受けてのことだ――の為に来訪したアルデバラン王国第三王子セージが、この旅に同行することになった。
 プレアデスの事件と緊急会談の翌日、四人はプレアデスが用意した空船で、操舵手役の三人の騎士達と共に旅立った。
 目的地の北の大国ベテルギウスのとある港町アルバレアまでは、一週間の予定だ。
 これは空の旅初日の、空船での昼食後のことである。


「なあなあ、それってさ、プレアデスの鎧だろ?」
 ふと言い出したのは、アルデバラン王国第三王子たるセージその人である。アルデバラン王家の者特有の明るい茶色の目に高い鼻、肩にかかる長さの鮮やかな金の髪は優雅な曲線を描く巻き毛であった。耳の後ろの辺りで紫色のリボンに束ねられたそれを揺らし、自分の右隣に座る青年にこんなことを訊いた。
「はい、確かにプレアデス王国式の鎧にございます」
 気安い物言いのセージに対して堅苦しいまでに丁寧に返したのは、鎧を着ている本人、シュードである。十九歳という若さでプレアデス王国近衛騎士団二番隊副隊長を任されている彼が、この度の事件の犯人逮捕を命じられたのだ。額の中央で分け、肩に届くか届かないかといった長さの黒々とした深い緑色の真っ直ぐな髪を持つ青年は、騎士が王族に応対する時の見本のような言葉遣いで隣国の王子に答えた。
 すると、一体何が気に食わなかったのか、セージの頬がみるみるうちに膨らみ、白く端正な顔が不満を訴えるものに変わる。
「敬語はなしっつったじゃんか」
 この忍びの旅では、目立つことを避けたかった。犯人に自分達の動きを悟られるのは都合が悪く、またアルデバランの王子やプレアデスの騎士達の訪問の旨を伝えていない異国で噂になることは自分達に不利益をもたらすかもしれない。人目を避ける為に、敬称をつけて呼ぶことや敬語を遣うことをやめて欲しい――それが、セージが三人に取り付けた最初の約束であった。約束と言うには一方的なものだったが、理に適っていることはシュード達も理解していた。だが、幼少の頃から仕える主であるナスタとプレアデス国王、外国の王族への言葉遣いは最上級の敬語、と叩き込まれたシュードにとって、隣国の王子への物言いをたった一日で同僚へのそれのように変えることは不可能であった。ナスタに対する言葉遣いを度々注意されるリリィでさえ、自国の王女を「ナスタ」と呼ぶことは今まで一度もなかったのだ。苦行と言っても過言ではないだろう。
 そんな過酷な任務を強いられつつ、シュードは先程の言葉を言い直した。
「……プレアデス式の鎧、で……す」
「しゃあねえな、勘弁してやるよ」
 及第点には届いたようで、セージの頬と唇は元に戻った。そのまま、シュードの鎧を無遠慮にじろじろ見始める。
「んー、革を縫い合わせてる感じ? どういう造りなんだ?」
 シュードはまじまじと見つめられることへの不快感と妙な気恥ずかしさを覚えつつ、同盟国の王子とはいえ自国の軍事機密のようなものを教えてもいいのだろうかと、向かいに慎ましやかに正座する長い髪の美しい少女――ナスタを窺い見た。すると、話の流れからシュードがこちらを見た真意を察したようで、ナスタは整っているが表情の乏しい人形のような顔で頷いた。
「……はい。革を縫い合わせて……一人一人の体型に合わせています」
 プレアデス王国の鎧の一つは、筋肉を簡略化したような見た目をしていた。シュードの胸と胴、脚の付け根から太腿の三分の一と臀部をぐるりと覆うそれは、黄朽葉色(きくちばいろ)と呼ばれる乾燥した落ち葉のような彩度の低い黄色だった。肩には鎧を着る為の太いベルトがある。黄朽葉色の中央では鳩尾やへそを守るように、両端の尖った楕円形のエレメントストーンが暮れなずむ空のような橙色の輝きを放っていた。
「へえ、結構手間がかかってんのな。重くねえの?」
「……革の裏に、……金網のような物を合わせていますが……いかがですか、シュード」
「はい、さほど重いようには感じません」
 近衛騎士は元々良い姿勢をさらに正して主の姫君に答えた。すると、その返答に反応した者がいた。
「えっ、そんなことないと思いますよ」
 明るい茶髪のヒーラーの少女、リリィだ。焦げ茶色の大きな目が愛らしい顔を驚きの形にする。
「あたしが持った時は結構重かったですけど……あっ、シュウはいつも着てるから慣れちゃったんじゃない?」
「……そうかも……しれないな」
 晴れやかな顔で両手をぱん、と合わせるリリィに、シュードが気圧されたように返す。
 実は、革の裏に仕込んでいる物は金網などではなかった。軽くて丈夫な金属の細く小さな輪を鎖のように連ねている、薄手の鎖帷子(くさりかたびら)のような物だ。肩回りなどを覆わないこと、金属を硬く軽くする為の改良を重ねたことで機動性を高めているとはいえ、やはりそれなりに重い。

- 12 -
*前へ表紙へ次へ#

書庫へ トップページへ
ALICE+