本日のお召し物〜シュードのプレアデス式普段着、近衛騎士仕立て〜 二
ナスタが「金網」と表現したのは、シュードが躊躇ったように彼女もまた自国の軍事機密とも言えそうな情報を正直に明かすことを逡巡したからである。また、プレアデス王国では鎖帷子と呼ぶそれをアルデバラン王国ではチェーンメイルと言うのだが、外国人と初めて接したプレアデスの秘匿の姫君は隣国の王子に「鎖帷子」が通じるかどうか分からず、しかし「チェーンメイル」と言うには大仰な気がして、彼女なりに単語を置き換えてみた結果だったのだ。
しかし、リリィの指摘は的を射ているようで外していた。シュードはナスタの意図をそれとなく汲んだ上で暗に「立派な物ではない」と言ったが、リリィはそんなことに気付かないままで「鎧は重いが、シュードは慣れているから軽く感じるのではないか」と、二人が示したかった「大した物ではない」を一度否定してから持ち上げたとも取れるような物言いをしたのだ。確かに非力な少女の細腕には、軽量化されたとはいえ鎧は重たい物であっただろう。だが、それを「慣れたら重いとは感じなくなる程度の重量である」という解釈もできる言い回しが、結果的にはシュードとナスタの思惑通りになった。
「そうなのかー、重そうにも軽そうにも見えねえ絶妙な見た目だと思ったからさ」
セージは二人の意図に気付いたのか気付いていないのか、何度も頷いて隣国の鎧にただただ感心しているようだったが、思いも寄らぬことを言い出した。
「どんなもんだか、ちょっと貸してくんない?」
これには思わず、シュードは面食らった。何度でも思うが、同盟国の王子とはいえ、近衛騎士の鎧という軍備の機密事項のような物をそう簡単に触らせてもいいものなのだろうか。それでも動揺をあからさまに表に出してはならない、相手はアルデバラン王国第三王子であらせられる――と思った時には既に遅く、目と口は困惑に開いて固まってしまっている。
「あ、ちょっとまずいか? だよなー、やっぱ今のなし」
金髪の王子は深緑の髪の騎士のぴしりと硬直した様を見て、苦みの混ざった笑みを浮かべ、両手をひらひらと振って発言を取り消し、「悪いな」と付け加えた。シュードはそれに「いえ、滅相もございません」と返すことしかできない。
やり取りを見ているミッドナイトブルーの髪の姫君は口元に袖を当てているだけで、普段と何ら変わりはないように見える。彼女とシュードの間の明るい茶髪の少女は目をぱちくりさせていて、今の会話の問題点にぴんと来ていないようだった。
「ってか、シュードの……袴、だっけ? ナスタやリリィちゃんのとは何か違うよな?」
気まずくなった空気を変えようと、セージが話題を逸らす。今度は、シュードの袴に目を付けた。消炭色(けしずみいろ)と呼ばれるその色は、その名の通り火を消した木炭のようなわずかに赤みを帯びた暗い灰色だ。前半分から側面にかけて襞(ひだ)が折り込まれたそれは、キュロットスカートのようにズボン状であった。ナスタとリリィのも袴であるが、彼女達のはスカート状に見える。
「左様でござ……はい、わた……俺が穿いている物は男袴(おとこばかま)と申します」
「あたし達のは女袴(おんなばかま)って言うんですよ。男袴は脚が分かれてて、女袴は繋がってるんです。あっ、でも、男の人が穿くことが多いだけで、女の人も穿くんですよ。運動する時とか、力仕事する時とか」
シュードの言葉に被せるように、リリィがにこにこと解説を始めた。シュードは大人しく、というよりもほっとしたように会話の舵を焦げ茶色の瞳の少女に譲る。
「女袴ができたのは割と最近らしいんですよ。だから、昔ながらの正装とかは女の人も男袴なんです。ね、ナスタ様?」
「……はい」
急に話を振られたミッドナイトブルーの瞳の姫君は、こくりと小さく頷くことしかできない。それもその筈、訳あって存在そのものを国内外に隠されていた深窓の姫君であるナスタには、国王や近衛騎士、侍女以外の他人と話す機会がほとんどなかったのだ。十八歳になったばかりの彼女と年が近くて雑談をしたことがある者と言えば十九歳のシュードと十七歳のリリィ、それと二十歳前後の専属の侍女達だけで、同年代の若者と四人で取りとめのない会話をすることは生まれて初めての経験であった。長年の軟禁生活でも相手の意図を察することが少しはできるようになったが、誰かと言葉を交わすのに慣れていない彼女には一言返すのが精一杯だった。
それを見ていた生真面目な表情のシュードの頭の中で、「そんなに馴れ馴れしくして、ナスタ様はお前の友達ではない」だの、「ナスタ様に対してその言葉遣いは何だ」だの、いくつもの文句が駆け巡る。今にもこめかみや眉間、唇の端がぴくりと引きつりそうなのを、今度は何とか抑え込む。
だが、セージは気にもせずに感嘆の声を出した。
「へえ、そうなのか! じゃあさ、何でシュードのはプリーツが横だけにあるんだ?」
「ぷりーつ?」
おうむ返ししてきたリリィに、セージは彼女の髪の色に似ている明るい茶色の瞳を一度目はきょとんとした様子で瞬かせた。二度目の瞬きと共に、どこか得意気な顔つきになる。
「プリーツってのは服の折り目とか襞って奴だ。そういや、プレアデスだとあんま馴染みがない言い方だったっけか?」
「あ、襞のことなんですね? セージ王子って、物知りなんですね〜」
「へへーん、そうだろ! でもリリィちゃん、その呼び方は駄目だぞ」
「え? あ……す、すみません、セージ王子……あっ」
リリィは慌てて口を両手で押さえるが、そんなことをしても「セージ王子」と二回も言ってしまった事実は消えない。呼ばれた当人は、「しゃあねえなー」と肩を竦めながら笑った。
「ま、初日だし、空船の中だし、いいよ。リリィちゃんは可愛いしな」
そう言って茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせたセージに、リリィは赤くなる。それを見たセージの口角が上がり、「いやー、君は本当に可愛いなー」などと追撃すれば、リリィの顔はますます紅潮して――この流れは、初めてではなかった。こうなってしまっては話が進まないではないか、と思いはしたが表には出さなかったシュードが、無表情且つ至極冷静な口調で割り込んできた。
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