〜細工師特製、白うさぎの耳のカチューシャと尻尾付きベルトセット〜 一
 王女誘拐未遂事件の犯人逮捕の使命を帯びたシュード達は、アズールの中央部にあるプレアデス王国を発った。彼らは天空に島々が浮かぶこの世界での移動手段、空船での七日間の旅の後に北の大国ベテルギウス南部の港町アルバレアに到着する。
 現地で衣服を調達した四人はその日の内に起きたとある出来事から、この町に住む二人と一体――特殊民族の一つの言霊使いで少年のような容姿の少女リコリス、リコリスと同居しているセラピストのカトレアと、頭に巨大な薔薇に似た花を咲かせる植物型の魔物、ドーリィローズの幼体のルージュの協力を得ることとなる。
 六人と一体になった一行は、リコリス達の案内でアルバレアの北部に広がるアルバウィスの森の中央部にある宿ギルドの憩いの小屋を一軒ずつ回っていくことにした。


 ベテルギウス共和国に到着してから三日目、魔物との戦闘をこなしつつ森を北上する一行は、かろうじて日が沈む前にアルバウィスの森の中での四つ目の憩いの小屋に辿り着いた。
 六人は魔物の仔であるルージュを建物の外の花壇で待たせ、シュードが代表して受付で二人部屋を三つ取っている。
「うう、やっと着いたぁ……足が痛いよ」
 ロビーに置いてある丸太を組んだソファーに体を沈める心地のリリィは、思わず心の声を漏らした。アルバレアで買った雪国仕様の新品のブーツで慣れない雪道を歩き続けて二日目である。昨日の靴擦れは治癒術で治したものの、新たに水脹れができている上に疲労は取れていないのだ。昼食を取った宿で応急処置を施し、道中は空を飛べる絨毯の上で何度も休憩したが、今日も異国から来た四人は足を引きずってここに到着したのである。
「リリィちゃん、大丈夫? こういうのはお風呂でゆっくり揉むといいって聞くけど」
「あと、寝る時に足を高くするとかね。ヒーラーのキミなら知っているかもしれないけどさ」
 リリィはカトレアとリコリスの気遣いに情けない顔と声音で礼を述べた。異国からの旅人達を案じるベテルギウスの民二人は、そこまで消耗しているようには見受けられない。四人と異なり履き慣れた靴である点、積雪の上を歩くのに慣れていることに加えて、庶民の彼女達は徒歩での移動が多く、王族や城に仕える者よりも余程足が丈夫なのかもしれない。
 シュードが足の痛みを隠して何事もなかったかのように五人の元へ戻ってくると、隣のソファーに座っていた四人組の一人が声をかけてきた。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? お連れの方々もお疲れのようだね」
 四十代か五十代の、淡い金髪に薄い青の目の女性であった。傍にいるのは娘であろうか、同じ色彩を持つ妙齢の女性と、黒髪に灰色の目のこれまた親子らしき女性二人である。丸めた空飛ぶ絨毯と大きな荷物を持っているが、旅人なのかいずこかの町への移動中の近隣住民なのかは判断しがたい。ただ、金髪の若い女性の腰にあるのは細身の長剣であることは明白だった。
「あっ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「そうかい? 若くっても無茶しないほうがいいよ」
 リリィが疲労の色濃くもにこやかに返事をする。話しかけてきた女性の対応を見て、この後もまだ会話を続けられそうだと踏んだセージがここぞとばかりに人懐っこい笑顔になった。シュード達が逮捕を命じられている女、王女誘拐未遂事件の犯人チェルシーの手がかりが掴めるかもしれないのだ。可能性が低くとも、何も聞かないよりはずっといい。好機を逃すまいと口を開いたセージだったが、その表情と振る舞いにはどこにも切羽詰まった匂いや打算の影などなく、爽やかな好青年そのものであった。強いて言えば、隠しきれない疲れや怠さが白く端正な顔立ちにうっすらと影を落としているだけである。
「そうだ、お聞きしたいことがあるんですが、少しだけいいですか?」
「おや、何かな」
「薄い紫色の髪の女性を捜しているんです。背が高くて口紅を差した方なんですが、どこかで見かけたことはありませんか?」
 すると、四人は顔を見合わせた。この反応はどちらであろうか――シュードが祈るような心持ちでいると、程なくして黒髪の若い女性が「あ」と短い感嘆の声を出した。
「もしかして、昨日の方かしら」
 思わぬ一言に、シュードの真顔の中で眉と目がぴくりと動いた。ナスタの表情筋は相変わらず動かないままだが、瞳孔がいつもより大きくなる。「こんな所で聞けるなんて」と言いたげな顔のリコリスとカトレアの前で、リリィとセージが食いついた。
「どこでですか!?」
「見覚えがあるんですか?」
 重なった二人の反応に、艶やかな黒髪の女性は困惑したようだった。だが、すぐに記憶を辿るような顔つきになる。ニットワンピースのタートルネックの折り返しで、三弁の花を模った淡いピンク色の石のペンダントが揺れた。
「えっと……ここです、このお宿のロビーです。昨日の……多分、朝の七時ぐらいだと思うんですが、チェックアウトするところでした。ちょっと見かけただけですけど、何というか、目立つ人でしたから、言われたら思い出せたというか。薄い紫色の髪で、背も高くて、何より綺麗な方でしたよ」
 すると、淡い金髪に薄い青の目の若い女性も何かを思い出したような声を上げる。腰に佩いた細身の長剣が硬い音を立てた。
「ひょっとして、あのお色気たっぷりな美人さんのこと? 確かに目立つ恰好でしたよ。この寒いのにコートはすごく短かったし、ワンピースは紫で長かったけどスリットがものすごく深くて、おまけに生足だったんですよ。色も白くて、口紅の色はかなり赤かったかな。若そうだったけど、やけに大人な雰囲気だから年齢不詳って感じで。美人でスタイル抜群だったからあんなすごい恰好できたのかなー、ちょっと羨ましいかも」
「あらやだ、そんな人がいたの?」
「お母さん達は部屋で売り物の検品してたからね。私達は宿のご主人の所に買い物しに行くところだったから」
 淡い金髪の親子の会話が始まりそうなのを察知したシュードが、さりげなく続きを促す。
「他にも思い出せることはありませんか? 誰かといた、とか」
「何でもいいんです、何か気になったことはありませんか?」
 セージも重ねて尋ねると、チェルシーらしき人物を見たという若い女性二人が「他に……」と呟いて思案顔になる。すぐに口を開いたのは、灰色の目の女性だった。

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