〜細工師特製、白うさぎの耳のカチューシャと尻尾付きベルトセット〜 四
「うう……ど、どう……? あたしは変な感じは全然しない、け、ど……」
 リリィの視界に飛び込んできたのは、四人がこちらを凝視する光景だった。口をあんぐりと開けて瞠目する三人の形相は、何か信じられないものを目の当たりにしているといった風情であるが、その凄まじさは声をかけるのを躊躇う程だ。常日頃から無表情のナスタだけは今も真顔でリリィを見つめているが、よくよく見れば彼女の重たげな瞼がいつもよりも持ち上がっている。驚いているらしい。
 五秒程の無言の間が過ぎてから、リコリスが引きつった顔のままでようやく口を開いた。
「……今、うさぎの耳が垂れているよね?」
「うわ、マジだ! さっきまで普通に耳が立ってたのに」
 単体でも衝撃的な台詞なのに、セージが追撃する。リリィは思わず大声で聞き返した。
「え? えぇっ!? どういうことですか!?」
 すると、再び四人が固まる。うさぎの耳に何か変化が起きたらしいが、鏡も手元にないのに装着している当人には確認する術などなく、明るい茶髪の少女も硬直してしまう。
 沈黙を破ったのはシュードだった。
「……耳が、立った」
「……毛も、逆立っています……」
 シュードの呆然とした呟きとナスタが付け加えた事実に、リリィは耳を疑った。目にした四人にも信じがたいことである。作り物のうさぎの耳が動くなど、聞いたこともないのだ。四人で示し合わせて嘘をつき、リリィを揶揄っているのだと言われた方が却って素直に受け入れられる。だが、リコリスが「鏡を持っているなら見てごらんよ」と強張った真顔で勧めてくるものだから、その線は薄いと見える。そうでなければ、リコリスは大した役者だ。現に、リリィが見られなかっただけで、垂れていたうさぎの耳は確かにぴんと立ったのだ。
「というより、セージ、今のおかしくない? 耳が立っていることじゃないものに驚いていたみたいだったけど」
「え?」
 リリィ達には、リコリスの言い出したことが何なのか見当もつかなかった。当のセージは心当たりがあるのかないのか、驚いた様子で聞き返す。リリィが先程の会話を思い出そうとしたところで、一人思案に耽っていたシュードが腕を組んだ。
「……まるで動物や魔物のようだな。怯えて耳を伏せるのも、驚いたら毛が逆立つのも」
 うさぎもそうするのかどうか知らないが、と付け足された所感に、リリィを除く三人が頷いた。先程から驚きっぱなしで思考が追い付いていないのか、ヒーラーは首を傾げる。
「ど、どういうこと?」
「よし、試してみようか。リリィ、ベルトも着けて横を向いて。ボク達に耳と尻尾が見えるようにして。ついでに鏡も持つといいよ」
 言霊使いに言われるがままに、なされるがままに、リリィは腰にうさぎの尻尾がついたベルトを巻かれ、手鏡を持たされて体の向きを変えられた。彼女の正面にリコリスとセージ、側面にシュードとナスタが陣取る。装飾品の観察を始めようとしたところで、再び口を開いたのは深緑の髪の青年であった。
「……とは言っても、変化を引き起こす何かをしなければならないな」
「そうなんだよね。何がいいかな」
「な、何がいいかなって……変なことしないでよ!?」
 リコリスのどことなく不穏な返答に、リリィが泣きそうな顔と声色で抗議したその時であった。作り物のうさぎの耳がまた垂れたのだ。前回と同じように、先端の三分の一程からへにゃりと緩やかに、しかし確実に折れている。
「うわ、また垂れてる!」
「えっ!? ほ、本当だ!」
 すると、また装飾品に変化が起きた。セージの叫びにリリィが肩をびくりと震わせて鏡を覗き込んだ途端に、耳はぱっと立ち上がって先端までぴんと強張り、尻尾はぶわりと毛が逆立ったのだ。鏡越しに見るカチューシャの動作に、リリィは夢か幻でも見ているとしか思えない。しかし、確かに装飾品は動いたのだ。
 リリィが怖がると耳は垂れ、驚くと耳は立って尻尾が逆立つ。導き出された仮説を、ミッドナイトブルーの髪の少女が静かに口にした。
「……リリィの……感情、に……呼応しているのでしょうか……」
 そのようにしか見えない現象に、空色の髪の少女も呆然と呟く。
「着ける人に干渉しないけど、着ける人の影響を受けるって、こういうこと?」
「すげーな、もうとにかくすげえとしか言いようがねえよ」
 セージが語彙の乏しい感嘆を漏らしたところで、リリィは閃いた。いや、気が付いたのは彼女だけではないかもしれない。
「ねえねえ、もしかして、他の売り物も?」
「恐らく、似たような仕掛けが施されているだろうな」
 シュードの答えに、五人の脳裏に数々の装飾品が蘇った。獣の耳付きカチューシャと尻尾付きベルトセットに限っても、狐のだとか、猫のだとか、種族も毛色もいくつか種類があったのだ。あれらが全て、このうさぎの耳と尻尾のように着けた者の感情に合わせた動きをするのだろうか。人数分揃えて、一行全員で獣の耳と尻尾を着けたら――そこまで想像したリリィは、目を輝かせた。
「細工師って、すごいのね」


 三人の少女を見送ったセージは、そっと息を吐いた。疲れたのでも、呆れたのでもない。細工師の類い稀なる能力への感動の余韻でもなかった。安堵だ。
(あー、何とか誤魔化せてよかった。リコリスの奴、なんか鋭くて参っちまうな)
 それは、リリィが白いうさぎの耳と尻尾を着けた時のことであった。自分が驚いたのは耳が垂れたことではないのかと、言霊使いの少女に耳聡く指摘された件だ。
 とてもじゃないが、言えなかった。
(リリィちゃんがめっちゃ似合ってて可愛かった、って言ったら、何か言われそうだったしな)
 そこまで考えて、セージは首を傾げた。普段の自分ならば、人目を然程気にすることもなく率直に褒めたであろう。それなのに、第三者に揶揄われるのを避けたいが為に賛辞を呑み込んだのは、一体どうしてなのだろうか。話の流れを遮らないように、という理由がすぐに浮かんだが、それだけではどうにも弱いと思える。
(――いや、そういうことにしておこっかな)
 だが、セージは無理やり納得することにした。今はまだ、芽生えそうな気配のするこの感情に気が付きたくなかったのだ。
(……でも、マジで可愛かったな、リリィちゃん)


本日のお召し物〜細工師特製、白うさぎの耳のカチューシャと尻尾付きベルトセット〜 完


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