〜細工師特製、白うさぎの耳のカチューシャと尻尾付きベルトセット〜 三
 それを聞いたシュードは思わず険しい顔つきで「えっ」と漏らしてしまった。リコリスがナスタに話を振るのは予想していたが、ナスタもまた魔力を見る能力の持ち主だと見破られているとは思わなかったのだ。プレアデス王国の秘匿の姫君の素性を固く守ろうとしたのが仇となった。ナスタが日頃から感情の起伏を表に出さない性質であることを差し引いても、当人でさえ目を瞬いただけであったのに、近衛騎士たるシュードが動揺を曝してしまった。
(しまった……)
 あからさまな反応に、リコリスの大きなサファイアブルーの目に不審の色が宿る。だが、彼女はシュードの顔を一度見ただけで何も言わずにナスタに向き直り、「そこで見えるんだったらそのままでもいいよ」とだけ言って装飾品に集中し始めた。十二歳に見える童顔に似合わぬ大人の対応をした十六歳に、十九歳のシュードは良心をちくりと刺された心持ちになる。ナスタも無表情を崩さぬ故に傍目には分かりにくいが戸惑いつつ、ソファーに座ったままでカチューシャとベルトを改めて観察する。
 しばらくの間はどことなく気まずい空気と暖炉の火が爆ぜる音が部屋を支配していたが、静寂を破ったのはシュードの落ち着いた声だった。
「……この魔力、やはり見覚えがある。それに、この色の札は……」
「ああ、このタグのこと? ピンクがかった紫なのか、紫がかったピンクなのか……」
 聞き返す言霊使いに、深緑の目の青年は頷いてみせた。彼の言う通り、カチューシャとベルトの裏側に淡いピンク色とも紫色とも呼べそうな色の小さなタグがそれぞれ付いている。複雑な色合いという点の他には特筆すべき事柄が見当たらない布切れだが、シュードが指摘したこれは一体何なのだろうか。
「ん? この色は……そうか、そういうことか」
 すると、それを確かめたリコリスも納得したらしい声を上げた。
(じゃあ、気付いたのだとしたら、金髪と目が合ったんじゃなくて、もう片方を見ていたのか)
 リコリスは内心で得られた証言を思い出していた。一方で首を傾げて答えを待つ二人に、ミッドナイトブルーの目の少女が平坦な声で正体を教える。
「……細工師、でしょうか」
 ――細工師とは、特殊民族の一つだ。自らの手で作り出した物に魔力を吹き込み、様々な効果をもたらす能力を持つ。エレメントストーンを仕込める大きさで細工師本人が制作した物であれば、手のひらに乗る折り紙細工でも客を十人以上収容する乗り物でも、任意の仕掛けを施せるのだ。無論、今五人の目の前にある装飾品にも可能である。
 また、細工師は黒い髪に黒か灰色の目、ほんのり紫がかった淡いピンク色の三弁の花のような形の魔紋を右の手の甲か手首に持つ。一族の証は魔紋を模した淡いピンク色の三弁の花の形のエレメントストーンの装飾品だ。現代に一つの血統しか残っていない言霊使い程ではないが、希少な一族である。
「あの四人組の片方の親子は黒髪で灰色の目だったね。それに、このタグみたいな淡いピンク色の花の形のペンダントもしていた。そうか、あの二人は細工師だったのか」
 空色の髪の少女の言葉に、四人は細工師の特徴に合致するあの親子を思い出していた。他者に曝すことを忌み嫌われる魔紋ばかりは確認しようがないが、それ以外の特徴は全て合致している。
「さ、細工師……」
「細工師ってことは、それにも何か仕掛けがあるってことだよな。その辺は分かるか?」
 明るい茶髪の少女の呆然とした呟きをよそに、金髪の巻き毛の青年がさらなる魔力の解析を求める。
「仕掛け自体が何なのか分からないと意味ないしね。シュード、キミは分かるかい?」
 魔力の可視化能力を持つ筈のリコリスに尋ねられた深緑の髪の青年は、何を言い返すでもなく白いうさぎのもふもふとした耳と尻尾をじっと見つめる。ややあって、彼はリコリスの手の中の装飾品を凝視したままで顎に手をやった。
「……何と言えばいいのだろうか。このエレメントストーンには、装着した者の何かに反応して何かが動く仕掛けが施されているようだな」
 聡明な彼にしては何とも要領を得ない言葉に、リリィとセージが面食らったような面持ちになる。
「な、何それ? 全然意味分かんないよ、シュウ」
「そう言われてもな……」
 歯切れの悪い返しに納得いかない表情のリリィだったが、ここで思わぬ一言がリコリスの口から飛び出てきた。
「エレメントストーンの魔力がこちらに干渉してくることはなさそうだから、リリィ、ちょっと着けてみてよ」
「えっ、あたし!?」
 焦げ茶色の大きな瞳を見開いてあからさまに驚くリリィに、リコリスは怪訝そうに短い空色の眉をひそめた。
「選んだのもキミだし、買ったのもキミだろ? 着けたくて買ったんじゃないの?」
「そ、そうだけど、変な魔力って聞いたら怖いよー!」
 怯えるリリィの泣き言に、シュードとセージは内心で同意していた。むしろ「得体の知れない魔力を宿した物を身に着けろ」と言われて抵抗を覚えないのか、とリコリスに問い質してみたい気もする。その一方で、魔力を用いた仕掛けを施していたと知らなかったとはいえ、自分の意志で購入したのは他の誰でもないリリィであるのは紛れもない事実だ。選ぶ際に魔力の有無を確認すればよかった、とシュードが後悔するが、時既に遅し、支払いを済ませた品物はここでこうしてリコリスの手に乗っている。さらに言えば、ここでこうして五人の話題の中心として注目を集めているのだ。
 この装飾品がリリィの所有物でなければ一体誰の物なのだ、とばかりにリコリスは容赦なかった。拒否されることが不満だと雄弁に語る顔で、ベッドから腰を上げる。
「そんなに怖いのなら、ボクが着けてあげるけど」
「えっ? えっ! ちょ、ちょっと待って、リコリス――!」
 リリィは悲鳴を上げて後退ったが、カチューシャを持ったリコリスは何の慈悲もなく迫ってきた。三人が庇ったり止めたりする暇などなかった。有無を言わさず、いや、何を言っても聞き入れず、リリィの頭から毛糸の帽子がぱっと剥ぎ取られる。プレアデス式の花の髪飾りはそのままに、あっという間にふわふわのうさぎの耳が付いたカチューシャが被せられた。
 こうなってはもうどうしようもないと、リリィはぎゅっと瞑っていた目を恐る恐る開けてみる。

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