トランプ遊戯〜始まりの空〜 三
 歯を見せてにっと笑うセージの手札から、シュードが右端を取った。裏返したカードはクローバーの十一である。烏の濡れ羽色のように黒々とした深い緑色の真っ直ぐな髪を肩につかないぎりぎりの長さで切り揃えた青年の手札はハートの十三、ダイヤの十二、スペードの七、ダイヤの四、ハートの二、ダイヤの八、スペードの十一、ダイヤの六、スペードの五、ハートの三、そして忘れてはならないジョーカー――スペードの十一とペアが成立する。無駄も迷いもない指先がカードを円卓に出す様は将棋を指す、あるいは囲碁を打つようで、セージやナスタとはまた異なる洗練された仕草だ。
(……これで残り十枚だ)
「おっ、ペアできたか」
「よかったね〜」
「……そうだな」
 自分のことのように顔を輝かせるセージとふわふわと笑うリリィには悪いが、シュードは到底喜べる心境になかった。手元のカードの数の多さは未だに一番である。彼らは知る由もないがジョーカーだって残っているのだ。茶菓子の美味しさを分かち合うかのような調子のリリィが早く持って行ってくれはしないかとさえ思ってしまう。
 そんなシュードの戦況も願望も察することのないリリィが彼の手札からカードを引く。左から二番目のカードはダイヤの六だ。内側に跳ねる癖を持って橙みを帯びた明るい茶髪をおさげにし、左のこめかみに六弁の花と薄くて透ける布の飾りを着けた少女の手札はスペードの一、クローバーの三、ハートの四、クローバーの六、スペードの十三、クローバーの五――クローバーの六とペアが成立する。番を円卓に置く動きは三人と違って美しいとは言い難いが、決して乱雑ではない。王家に仕える者としては少々物足りないけれども、それでも行儀がいい方に分類されるであろう。むしろ、リリィ以外のこの場の者達がその出自故にふとした所作まで研かれているだけの話だ。
(ペア成立、残りは……五枚だな)
「やったな、リリィちゃん」
 シュードとナスタはカードの行方を視線で追うだけの一方で、セージはまた朗らかに笑っている。この笑顔と声掛けが本人の余裕から来ているのか、それとも本心から浮かぶものなのかはまだ判別できない。シュード達はこの御仁と出会って三日目、四人で興じるババ抜きも未だ初回の二巡目の終わりでしかないのだから、断定するには情報が少なすぎるだろう。そんなセージのあるかどうかも不明な魂胆が読めぬ笑みに、リリィもまた無邪気に返す。
「えへへ、よかったです〜」
 そうこうしているうちに三巡目だ。ナスタは無表情を崩さぬままリリィの手札からカードを選ぶ。一呼吸の後に白い指の間に移動したカードはスペードの一だ。その髪と同じく真夜中の空のように黒々とした深い紺色の目の少女の手持ちはダイヤの二、クローバーの十三、ハートの一、スペードの四、ハートの八――ハートの一が番となる。二枚のカードを手札から抜いて円卓に置く一連の動作の中でほんのわずかな物音ですら立てもしない姫君は、相変わらず手札が減った喜びを微塵も見せない。
(ペア成立……残りは四枚か)
「おっ、連続だな」
「少なくなってきましたね〜、あたしも負けませんよ」
 セージの言外に応援しているような声音の感想とリリィの互いを鼓舞する一言に、ナスタは一つ頷いて短い答えを返す。彼女は元々が自らの感情や考えを表に出すことが苦手な性分らしく、その上秘匿の姫君故に外国の貴人はおろか国内の要人でさえもまともに応対した経験がなく、城内でも限られたごく一部の者としか接触を許されなかったのだ。その貴重な顔馴染みであるシュードとリリィはまだしも、一昨日出会ったばかりの隣国の王子と気軽に話す余裕など皆無である。その事情を事細かに明かされた訳ではないがプレアデス国王との会話で何となく察していたセージは、ナスタの不愛想とも受け取られかねない態度に気を悪くすることも咎めることもせず、ただ爽やかで朗らかな笑みを浮かべて受け止めていた。寛容な対応を見せるアルデバランの王子をどう思ったのか、プレアデスの姫君の平坦な声からは読み取れなかった。
「……はい」
 セージがナスタの扇のような手札からカードを引き抜いた。己の直感を疑うことなく従っているような手にあるのはスペードの四である。リリィの髪色によく似た、落ち着いたオレンジ色とも思える橙がかった明るい茶色の目の青年の手札はクローバーの十二、クローバーの七、ダイヤの十三、クローバーの四――クローバーの四とペアが成立する。繊細な細工の菓子を崩さぬようにそっとフォークを入れるような所作は、この秘密裏に行われる旅において忍ぶ気があるのかと尋ねたくなるぐらい上品だ。菓子の甘い匂いだけでなく紅茶の香りまで漂ってくる気がする。言葉遣いだけは一般庶民を真似ようとしているのか、声だけならば町中で聞いても違和感がないが、こちらはこちらで一体どこで覚えたのかと問い質したい。
(三連続でペア成立……残りは三枚)
「わあ、もう残り三枚ですか? 早いですねー」
 シュードとナスタがセージの手元を黙って窺い見る前で、リリィが順調にカードを減らしていくセージに元々大きな目をさらに丸くする。愛らしい顔はくるくると表情を変えるので、見ていて飽きない。人形のようにほとんど変わることがないけれども、その深い色の瞳に吸い込まれる気がしていつまでも見つめていられそうなナスタの美しい顔とは方向性が異なるが何かが似ている。
「へへっ、どうなるかな」
 挑発的な色をほんのり滲ませたセージの手札から、シュードがカードをすらりと引いた。静かな抜刀のようにも見えるその手つきで選んだのはクローバーの十二だ。髪と同じように黒々とした深緑色の目の青年の手札はハートの十三、ダイヤの十二、スペードの七、ダイヤの四、ハートの二、ダイヤの八、スペードの五、ハートの三、そしてなかなか腰を上げる気配のないジョーカー――ダイヤの十二とペアが成立する。シュードの所作はナスタと同様に衣擦れの音も聞き取れないのに、姫君のそれとは正反対の印象を受ける。ナスタを柔とすればシュードは剛といった所だろうか。それもその筈、シュードはただの近衛騎士ではないのだ。若くして近衛騎士団二番隊副隊長を務める理由の一つにもなってしまったその家柄を、彼自身は諸事情により自ら言及することは皆無なのだけれども――
(残り八枚、か……)

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