トランプ遊戯〜始まりの空〜 二
 一番手のナスタはリリィの手札を何の感情も浮かばない顔でじっと見る。一呼吸する程の間を置いて、右から二番目のカードを取った。白い繊手が選んだのはダイヤの十である。プレアデスの姫君の手元にはダイヤの二、スペードの六、クローバーの十三、ハートの一、スペードの四、ハートの八、ダイヤの七――番となるカードはなかった。
(……ペア不成立、残り八枚か)
「まあまあ、最初ですし、ナスタ様」
「そうそう、よくあるって」
「……はい」
 シュードがそっと見守る前で、リリィとセージがナスタを慰めるような声掛けをする。当の姫君は何を思っているのか全く見当のつかない無表情のまま、ただ小さく頷いた。
 二番手はセージである。ナスタが黙って差し出した扇のような手札から、中央のカードをぱっと迷いなく引き抜いた。スペードの六だ。アルデバランの王子の手持ちはクローバーの十一、ハートの十、クローバーの十二、ハートの六、クローバーの七、ダイヤの十三、ハートの三、クローバーの四――ハートの六とペアが成立する。カードを華麗に繰る手はペアを円卓に出す所作さえも優雅であった。まるで薔薇の花弁をそよ風に託すような手つきだが、彼が今しがた手放したのは確かに二枚のカードである。
(初手からペア成立、残りは……七枚か)
「あっ、早速ですか?」
「まあなー」
 シュードとナスタが静かに動向を窺う一方で、リリィが驚きとも喜びとも取れる調子でセージに尋ねる。アルデバランの王子はさらりと、しかし得意気に受け流した。シュード達は彼と一昨日出会ったばかりでその人となりをよく知らないが、あのカード捌きも併せて踏まえると、この御仁はババ抜きに相当な自信をお持ちとお見受けする。
 三番手のシュードがセージの手札を真顔で眺める。ゆっくりと二回瞬きした後にそっと抜き取った、右から三番目のカードはハートの三だ。彼の手元にはハートの十三、ダイヤの十二、スペードの七、ダイヤの四、スペードの九、ハートの二、ダイヤの八、スペードの十一、ダイヤの六、スペードの五、そしてジョーカー――誰よりも豊富にカードを持つプレアデスの近衛騎士だが、残念ながらペアはできなかった。
(……残り十二枚、か)
「あちゃ〜、駄目だったか」
「早くなくなるといいね、あたしも人のこと言えないけど」
「……そうだな」
 ナスタが黙ってシュードの動きを見つめ、セージとリリィがフォローするように話しかけてくる。プレアデスの近衛騎士は増えてしまったカードの群れに目を落としながら、リリィに応える形で呟いた。セージに対して返事を試みると、どんなに気を付けても敬語を遣わぬ台詞を淀むことなく口にするのは不可能だと早々に白旗を挙げていたのだ。幼い頃から近衛騎士として礼儀作法を叩き込まれた身でもできることを実行しただけで、決して手札を減らせなかった悔しさからセージに応じなかった訳ではない。そのような子どもじみた真似などしないし、できないのが生真面目なことこの上ないシュードであった。
 四番手のリリィはシュードの手札を真剣な面持ちで見つめた。小さく唸った後に真ん中の右隣を引っこ抜く。カードはスペードの九である。彼女の手持ちはスペードの一、ハートの七、クローバーの三、ハートの四、クローバーの六、スペードの十三、ダイヤの九、クローバーの五――ダイヤの九とペア成立だ。「やったぁ」と小さく呟く声からも、ぱっと番のカードを円卓に出す手からも、うきうきしているのが丸分かりである。
(ペア成立、残り七枚か。それにしても、随分と嬉しそうだな……)
「おっ、よかったな、リリィちゃん」
「ありがとうございますー」
 シュードとナスタが挙動を確認する傍らで、セージはにかっと破顔した。悪意や隠された思惑が微塵も感じ取れない、実に爽やかで屈託のない表情であった。人の善意を疑うのが恥ずかしくなる程に眩い。リリィもリリィでにこにこと心配りに感謝を述べているが、ババ抜きは個人戦であって他の参加者の手札が少なくなったのを喜ぶ遊びではないのを知っているのかと訊きたくなるやり取りである。
 あっという間に二巡目に入った。ナスタが何を考えているのか全く読めない無表情のままで、リリィの手札の右から二番目を静かに抜き取る。カードはハートの七だ。真夜中の空のように黒々とした深い紺色の腰よりも長い髪を高々とポニーテールに結い上げて簪を挿した少女の手札はダイヤの二、クローバーの十三、ハートの一、スペードの四、ハートの八、ダイヤの七、ダイヤの十――ダイヤの七とペアが成立する。音もなくペアを円卓に出す所作は、セージとはまた違った優雅さだ。王子のそれを華麗と表すのならば、姫君の手つきは雅やかである。淑やかと称してもいいかもしれない。
(ペア成立、残り六枚か……)
「あっ、ペアができたんですね!」
「おっ、よかったなー」
 ぱっと顔を輝かせるリリィ、実の兄のように優し気に相好を崩すセージのように、シュードもナスタに声をかけるかどうか迷った。迷ったけれども、気の利いた文句が思い浮かばないので姫君の扇を持っているような手元をちらりと見やる事しかできなかった。それを彼女がどう感じたのか、美しい人形のような顔からは窺い知ることも叶わない。
「……はい」
 セージは小さく頷いたナスタが差し出す手札からまた迷いなくカードを抜き取る。左から二番目のそれはダイヤの十だ。鮮やかな金のセミロングの巻き毛を耳の後ろで一つに纏めて紫色のリボンを飾った青年の手札はクローバーの十一、ハートの十、クローバーの十二、クローバーの七、ダイヤの十三、クローバーの四――ハートの十とペアが成立した。舞踏会においてダンスを申し込まんと淑女に恭しく差し出すような手で一組のカードを円卓に出す。
(ペア成立……残りは五枚)
「あっ、またできたんですか?」
 連続で手札を減らしていくセージの残り枚数を無言で確かめるシュードとナスタの前で、リリィは先程と同じように驚きと喜びが同居した顔になる。アルデバランの王子は歯を見せて朗らかに返した。
「おう、調子いいみたいだ」

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