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「見たか!?資料室の女!」

「おお!見た見た!いい女だったよなぁ」

混み合った昼間の食堂。
いつものように執務の合間を縫って作った昼休憩に、うまくもまずくもないスープを口に運んでいると、たまたま隣りに座った新兵らが何やら騒いでいた。

うるせぇな…飯は黙って食いやがれ、と言葉にこそしないが、不機嫌な視線を奴らに送ってやる。
それでも新兵どもはお構いなしに女の話で盛り上がっていった。

「お前もそう思うか!?なんつーのかな、単なる美人とかってんじゃなくてよ…ああ!言葉が見つかんねー!!」

語彙力がねぇな…。

「そうなんだよ!見た目だけじゃねぇんだよなー。あ、でもここの食堂のお姉さんも捨てがたいとも思わねぇか?」

こいつもか…。
2人揃って頭ん中クソしか詰まってないんじゃねぇか。
そもそもくだらねぇな。女のことしか頭にないのかよ。
俺にとって女なんて……オイオイ、何ちゃっかり会話に参加しちまってんだ。
いつの間にか空いてしまっていたスープ皿の底に、カツンとスプーンが当たった音で、ふと我に返った。

まだどこぞの女がどうとか言っている新兵を尻目に俺は席を立ち、ざわついている食堂を後にする。

俺にとってはどうでもいいそんな日常が頭の隅から追いやられた時のことだった。

エルヴィンに次の壁外調査に関する書類を提出するのに各分隊長の提案書を取りまとめなきゃならないにも関わらず、クソメガネからそいつが上がって来てないがために、俺は奴の執務室に苛つきながら足を運んでいた。

「入るぞ」

ノックなんて必要ねえ。クソメガネにマナーなんぞ皆無だ。
ましてや書類の提出期限を守れねぇ奴に、そんな気遣いをしてやれるだけの余裕なんてものもない。
重たい木製の扉を必要以上に音を立てて勢いよく開けると、そこには驚いたと顔に書いたような表情をしたモブリットが書類を手にして突っ立っていた。

「リヴァイ兵長!どうされましたか?」

「どうしたもこうしたも…クソメガネはどこ行ったんだ?昨日までの書類があがってねぇんだよ」

俺の言葉を聞いたモブリットは、今度は深い溜め息を吐き、首をやれやれと言わんばかりに横に振りながら、またですか?とぼやいた。そして

「ダリアのところじゃないでしょうか?」

「ダリア?」

「ええ、ダリアです。少し前に資料室の管理に就いた者です。きっと分隊長はいつものように……いえ…行っていただければわかると思います」

わかった、と返事をし、モブリットの歯切れの悪い答えに引っかかりを覚えつつ、資料室で油を売っているであろうハンジに舌打ちをしながら、踵を返した。

無論、爪先が向くのは資料室。
普段はほとんど行くことのないそこは、人気があまりなく、近付くにつれ、周囲の喧騒が遠のいて行った。

ギギッと木が軋む音を立てながら開く扉を押し、資料室の中を覗く。
その部屋の名のとおり、一面に様々な本が秩序正しく並んでおり、思いの外、埃っぽさもなく、よく管理されていることが伺い知れた。

悪くない。
これがこの部屋を管理する者への第一印象だった。
ある種の心地良さを感じた俺は、束の間の安息感に包まれた。
が、本当に一瞬の安息だった。
ここに来た本来の目的、つまり苛つきの元凶が視界に入り込んだからだ。

「…おい、ハンジ。てめえは約束を守るってことを知らねぇのかよ」

部屋の奥に佇む重厚さを感じるカウンターに身を乗り出して何やら楽しそうに話をしているハンジに歩み寄り、静かに怒りを向けた。

「やあ、リヴァイ。ちょうど君に提出する書類をダリアに見てもらってたんだよ」

「あ?見てもらってただと?てめぇ何言ってやがるんだ」

「あれ?リヴァイは知らなかったの?ごめんごめん、除け者にするつもりなんてなかったんだよ。だから知らなかったからって気に病むことなんてないよ」

安心して、とニンマリ気味の悪い笑いを浮かべるクソメガネ。
論点がずれてやがるし、理解不能で埒があかないと判断した俺は、困ったような微笑みを奴に向けていたダリアと呼ばれるここの管理者に視線だけ移した。

無言で説明を求めると、それを察したそいつは身体を俺に正面に向けて、スッと敬礼し、さっきまで携えていた微笑みを打ち消した。

「資料室の管理を仰せつかっているダリアです」

敬礼を解くように身振りで指示する。
カウンター越しではあるが改めて向き合った形となり、管理者…ダリアの出で立ちが嫌でも目に入る。

真っ白なしわのない開襟シャツが目に映る。
そこに垂れている髪が更に清潔感あって、悪くない印象を与えた。

無言でダリアを見据えていると、ふと、頭を過ぎったのは、すっかり記憶から流れ落ちていたガキ共の騒いでいた「いい女」のことだった。




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