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「私は、ハンジ…分隊長が何故ここにいるのかご説明すればよろしいですか?兵士長殿」

「ああ…そうしてくれ」

頭のいい女は嫌いじゃない。
俺とハンジのやり取りを見ていて、判断できるダリアに安堵の溜め息を吐いた。
「兵士長殿」と呼ばれたことに居心地の悪さは感じたものの。

突っ立ってるのも何だからと、奥の事務室に通され3人で簡素な椅子に腰を下ろした。
やはりそこも管理が行き届いており、広くはないが落ち着いた空間だったことも俺は見逃さなかった。

「さて、何から話そうか、リヴァイ」

「てめぇは黙ってそこに阿保みてぇに座ってりゃいい。話はダリアから聞く」

ハンジの発言を一刀両断した俺に、コホンと咳払いをひとつしてダリアが片眉を下げて力なく笑う。
ギジリと椅子を引いて座り直したダリアからは、改まった話が出るのだろうか。

「…では、まず私がここで行なっている業務から説明します」

ひとつは、資料室の管理。それは頷ける仕事だった。
蔵書の点検をしたり、貸し出しの際の記録をとったり、書物の補修だったり、とありきたりな内容で、特に疑問を持つことは何もない。
もうひとつの仕事が俺を驚かせるものだった。

「エルヴィン団長より書類の作成、もしくは校正を仰せつかってます。もちろん外部に出るものも、兵団内で用いるものも」

パサリと机に広げられたのは、さっきまでハンジと見ていた書類。
まさに俺がここに来た目的そのものだった。
クソメガネによって提出期限が反故にされた次の壁外調査に関する提案書である。

「そうなんだよ、ダリアの理路整然とした文章の作り方には敵わないんだよ、誰もね。そこをエルヴィンが見込んだわけさ」

「何てめぇが誇らしげな口利いてやがるんだ。…まぁいい、それで、はいそうですかと簡単に頷ける話じゃねぇぞ、これは」

「兵士長殿の言わんとすることはわかります。…私に対する信用性がどうか、ということですよね」

やはり的を得た発言のできる女だ。
だからこそ、エルヴィンも見込んだんだろうが、いまいち信用ならねぇな。
思案していると、ダリアが再び口を開いた。

「これまで、何か私が書類を作成することで不具合は生じましたか?更には、私がこの件に携わらせていただいていることにお気づきでしたか?」

「……確かにな。お前の言うとおり、クソみてぇなことは何も起こらなかったし、違和感すら感じなかったな」

「そういうことです。私には自分を信用していただくための術もありませんし、してくださいとも申し上げません。ただただエルヴィン団長からのご指示に従うまでです」

「そんな難しく考えることないよ、リヴァイ。それにダリアも。この提案書見れば誰だって文句は言えないと思うんだ」

ハンジの言うことに一理あるのは、広げられた提案書を見れば理解できた。
むしろ支離滅裂だったであろうハンジの提案をよくここまできれいにまとめ上げたもんだ。読む気力を起こさせる文章だった。

認めざるを得ない。エルヴィンに進言でもしてやろうかと思っていた気持ちが萎んだ気がした。
書類をまとめて端をとんとんと揃えたら、それを手にして立ち上がり、ダリアを見下ろした。

「ダリアよ。…悪かったな、時間を取らせちまって。引き続きよろしく頼む」

「いえ、とんでもありません。兵士長殿も私の話を聞いてくださりありがとうございました」

ダリアも立ち上がり、これまで固かった表情が緩み、ふわりと浮かべられた微笑み。
ここにきて初めて俺に向けられた。一瞬、目を奪われたことがその隣りに座るクソメガネに気づかれなきゃいいが。

行くぞ、と退室を促すと、駄々を捏ねるガキのような声で不満を露わにしたハンジに一瞥くれてやると、横では困ったようにダリアが再び笑みをこぼしていた。

「ハンジ…仕事が落ち着いたらまたここに来て。兵士長殿が困ってるでしょ?私いつでも待ってるから。だから、ほら…」

「悪いな、ダリア……。何度も言わすな、さっさと立てグズ」

「随分扱いが違うじゃないか。ま、いいか。じゃあまたね、ダリア。書類ありがとう」

やっとここにも本来の静寂が訪れるんだろう。
資料室の扉を閉め、不本意ながらクソメガネと連れ立って廊下を歩く。
俺は何かを喋る気なんて失せていたが、ハンジは違ったようだ。
ダリアはいい子だ、とか、あんな逸材を資料室に置いておくなんて勿体ない、とか、とにかくダリアを称賛する言葉を並べていた。

「兵団内の男たちが最近資料室に行きたがるんだよね。でもその気持ちわかるなぁ。一目惚れしたリヴァイもこれから通い詰めちゃったりして」

「うるせぇな、黙って歩け」

「もしかして図星!?」

「さぁな」

一目惚れなんて言葉は薄気味悪くて信用ならねぇもんだが、興味が湧いたことは間違いなかった。
もちろんクソメガネにはそんなことを話す気なんて微塵もなかったが。

ダリアか…。
面白そうな女だ。




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