Throw off 1


「急がなきゃ…!」

さっきまで執務に追われていた私は時計を横目に見ながら、私室で団服を脱ぎ捨てた。
クローゼットを開けて1番最初に目が合った洋服を手に取り慌てて身に付ける。

壁外調査から戻ったばかりだというのにこの慌ただしさ。
その原因はリヴァイからの呼び出しだった。
たまの隙間時間に夜の酒場へ繰り出すことはあったけれど、真面目くさった顔で夜いつもの場所に来いだなんて言われたものだから、不審に思いはしたものの断る理由もなかった。
それがいけなかったのだ。この慌ただしさは。

“いつもの場所”に走って向かったために息切れしながら、ギッと音を立ててそこの扉を開いた。
時間に割とうるさいリヴァイのことだから、もう先に来てるだろうと見込んで仄暗い中をぐるりと見渡す。
すると、まだ店内は混んでないというのにカウンターの1番端に座るリヴァイの背中を見つけた。

「ごめん、待たせた?」

「遅ぇ。…どうした、そのふざけたツラは」

座ろうとした私を見上げたリヴァイは、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
その視線の先にあるのは、大袈裟にガーゼが貼られている少し腫れた私の左頬。
やっぱり言われるだろうと予想していたことが的中したので苦笑いを浮かべて、隣りに腰を掛ける。
その様子を見た店のマスターが近付いてくる。

「ふざけたわけじゃないけど……マスター、私も同じので。いつものことよ」

「にしては今回はひでぇな」

「仕方ないの。新兵だった若い男の子のご遺族が相手だったから」

そう…壁外調査後、殉死した兵士達の遺族の元への報告。それに今日1日私は奔走していたのだった。
ふうっと溜め息を吐き出したタイミングでマスターがグラスを運んで来た。

小さくグラスを持ち上げて一口含むと、何だかよくわからない味が口の中いっぱいに広がる。
ただ単に何かを忘れるためにアルコールを摂取しているだけのようだった。

「分隊長様も大変だな、ニーナよ」

「そうね。でも繰り返すけど仕方ないのよ…誰かが怒りだったり、哀しみだったりを受け止めてあげなきゃね…。たまたま今回はこんなことになってしまったけど」

左頬を指差しながら情けない笑みを浮かべるものの、やっぱりやり切れなさは消えない。
それを誤魔化すように再びグラスに口を付けた。
同じようにリヴァイもグラスを傾ける。

「お前のその行き場のねぇ感情は誰が受け止めるんだろうな」

「私は…いいのよ…運良く生きて帰れたんだもの…。もうやめましょ、この話は」

「やめねぇ。そのためにわざわざ呼び出してやったんだ。…いい加減自分と向き合え」

本当にやめて欲しい。
今まで閉じ込めてきた感情を無理矢理こじ開けないで。
私は分隊長としてこれまで通り強く、潔く、この命が尽きるまでそれを全うしなきゃいけないのに。

ぎゅっとグラスを握りしめると、カランという氷の音が必要以上に響いた。

「そういうリヴァイはどうなの?私なんかよりもたくさんの死を見届けてきたじゃない?逆に聞きたいわ」

「そんなに知りたきゃ教えてやる。その代わりてめぇも覚悟しろよ」

場所変えるぞ。そう言うとリヴァイはマスターに目配せし、マスターがそれに頷いたことを確認すると、席を立った。
ちょっと…と不平を口にしつつも、リヴァイについて行く私。

店内の階段。
存在こそは知っていたけど、初めての場所だった。
ぎしりぎしりと2人分の足音が鳴る。
2階に上がりきるとそこは廊下が伸びており、宿場のような造りで、数部屋ある内の1つの部屋の扉をリヴァイが開けると、そこは簡易的に宿泊できる仕様になっていた。

当たり前のようにそこへ入るリヴァイと同じようには、さすがにできなかった。
扉の入り口付近で躊躇の色を浮かべた私。
でも、もう逃げ出せないことがわかっていたから、リヴァイの言うとおり覚悟を決めて足を踏み入れた。



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