襖が開いて彼と目が合った時、泣きそうになるのを必死に我慢して微笑んだ。
それは、彼の想い人に少しでも似せるため。
「じゃあ、この部屋好きにしてくれていいから」
そう言いながら障子を開けて部屋の中に入っていく近藤さん。
「ありがとうございます」
ここは真選組の屯所。
私は今日からここに住むことになった。
「急な話で何の準備もしてなくてなぁ…すまないが家が用意できるまでしばらくの間ここで我慢してもらえるか」
「全然かまいませんよ。こちらこそ部屋を用意して頂いてありがとうございます」
近藤さんへ向けて深々と頭を下げると、彼は頭をがしがしと掻きながら質問をなげかけてきた。
「いや…それはかまわないが…本当に良かったのか?」
「何がですか?」
「その…俺と夫婦になるの…」
三日前の昼間。
江戸で有名な高級料亭でお見合いは行われた。
何時間も前から爆発してしまうのではないかと心配になるほど、ずっと心臓がばくばくしている。
昨日は全然眠れなかった。
おかげで化粧ののりは最悪だ。
そわそわと緊張して落ち着かない。
今日のために用意した桃色の着物の袖を握り締め、おかしなところはないかと何度目かわからない服装チェックを始める。
きちんと巻かれた青色の帯。
髪型も崩れていないか手のひらで軽く触ってみる。
茶色く染めた髪を少し高めのポニーテールに結んでいる。
全部今日のために準備したのだ。
全て今からやって来る彼に少しでも気に入ってもらうため。
それが例え偽りの自分だとしても。
さっきからちっとも進まない時計の針を見つめていた時、廊下から声が聞こえてきた。
「いや、だからね、前のゴリラの天人との見合いで懲りたって言ったでしょ?!」
「そう言うなよ近藤。今度はゴリラじゃねぇよ。とびっきりべっぴんのお嬢さんだよ」
「いーや、とっつぁんの話は信じられねぇ!じゃあ何で見合い写真が無いんだよ」
「男なら細けぇこと気にするんじゃねぇよ。お、この部屋だ。開けるぞ」
「ちょ、とっつぁん!」
近藤の静止の声もむなしく、松平は障子を開いた。
「いやー。待たせちまってすみませんねぇ」
そう言いながら部屋に入ってくる松平の後ろを諦めたような表情の近藤が続く。
「あー…遅れてすいませ……」
目を見開いて、口をあんぐり開けている近藤さん。
近藤さんと目が合った。
近藤さんが私を見てくれた。
それだけで
嬉しくて
嬉しくて
嬉しくて
泣きそうになるのを我慢した。
だって彼の想い人はこんな時に泣いたりしないから。
「初めまして。夢野夢子です」
近藤さんを見つめながら微笑んだ。
「近藤さんは…私との結婚、嫌でしたか?」
「いや、嫌とかそんなことは全然ないよ!でも夢子ちゃんはいいのかなーって…こんなゴリラのおっさんで」
「そんなっ!近藤さんはすっごく……とても…素敵だと思いますよ」
思わず感情的に声を荒げて反論しそうになったのを落ち着けて静かな口調に変えた。
「はははっ。こんな可愛いお嬢さんにそう言ってもらえるとお世辞でも嬉しいよ」
お世辞ではないと再び反論しようとした時、私の頭を大きな手がぽんぽんと撫でた。
「ーーーッッ!!」
触れられた部分から全身に熱がめぐる。
鏡で確認しなくても顔が真っ赤なのが容易に想像できた。
こんな顔、絶対に見せられない!
俯いたまま動かない私を勘違いしたのか近藤さんが慌てて手を引っ込めた。
「すまん!セクハラだったか!?」
「い、いえ!大丈夫です…」
バクバクとうるさい心臓を落ち着かせるために小さく息を吐く。
「…あのさ、俺との結婚が嫌だったら断ってくれていいからね。まだ婚約しただけだし、元はとっつぁんとか周りが一番盛り上がってさっさと決めちゃったことだし。俺自身フラれるのには慣れてるし。ははは」
「そんな、私はっ……私は、近藤さんと結婚…するのは…かまいませんよ」
「…そっか。あ、今日の夕飯は宴会だ。準備が出来たらまた呼びに来るから」
「宴会…?」
「ああ。夢子ちゃんの歓迎会と婚約祝いらしい」
自室に戻る近藤さんを見送り、障子を閉めた。
婚約祝い。
近藤さんと私の。
自然と口元が緩んでしまう。
ずっと好きだった近藤さんと婚約。
嬉しくて嬉しくて、着物が皺になるのも気にせず畳の上をごろごろと転がった。
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