ある日の夜


日が落ちて辺りは月明かりに照らされている。
とっつぁんからやっと解放され、自室へ向けて廊下を歩いていると、薄暗い廊下の端から人影が現れた。

「近藤さん!おかえりなさい!」

恋人の夢子ちゃんが笑顔でこちらへ駆け寄ってくるのが見える。

「ただいま。」

「今日はまた随分遅かったですね。…お酒臭いし、また松平さんとキャバクラですか?ひどーい!」

唇を尖らせながら俺の顔を覗いてくる。
平静を装おうとするが当たっているので視線が泳いでしまう。

「いや…その…とっつぁんがね…」

「ふふ…冗談です。気にしてないですよ。」

そう言って笑っているが本当は無理しているんだろうかと思うと自責の念が胸を締め付ける。
無性に夢子ちゃんを抱きしめたくなって手を伸ばそうとした。

「あ、そうだ!近藤さん、この後、何か用事ありますか?」

夢子ちゃんへ伸ばしかけた手は空中をさ迷い自分の頭をがしがしと掻いた。

「えっ、えーっと…いや、無いよ。」

うう…くそっ…

「じゃあ、後でお部屋に行ってもいいですか?」

「え、あぁ。構わんが…」

「やった!じゃあお風呂入ったら行きますね!寝ちゃ嫌ですよ。起きててくださいね!」


…ふ、風呂に入ってから?
恋人同士、夜、俺の部屋、風呂、イコール、……


じゃあ後で。と来た道を戻る夢子ちゃん。
しばらくそのまま茫然と立ち尽くしていたが、はっとなり自室へと走って行く。


部屋に入ると一目散に押し入れへと向かい布団を取りだして部屋の真ん中へと敷く。
枕元にティッシュペーパー。
引き出しの奥から取り出した避妊具を枕の下へ。

「いや、一応ね、一応。」

誰にするわけでもない言い訳を口にしながら布団の上で正座をする。

一応…いや、ほんと一応だからね。
夢子ちゃんとは恋人同士だしさ、何があってもおかしくないじゃん?
それで…もし、もしだよ?
夢子ちゃんとそういうことになったらさ、そこは大人の男としてちゃんとリードするべきじゃん?
いや、リードできる程経験豊富な訳じゃないけどさ。
むしろそろそろ妖精か魔法使いあたりにジョブチェンジできそうなぐらいだけどね!
あれ?なんでだろ。涙で前が見えないよ。



一人でもんもんと言い訳を考えていると、障子越しに夢子ちゃんの声が聞こえた。

「近藤さん、夢子です。ちゃんと起きてますか?」

き、き、キター!!

「あ、あ、あ、あぁ!は、入ってくれ。」

声が裏返りまくっている。
返事が聞こえてすぐに障子が開き、夢子ちゃんがひょっこり顔だけ覗かせる。

「お待たせしましたー…ってあれ?もう布団敷いてるんですね。もう寝るつもりだったんですか?もしかして明日早いとか?」

「あ、や、まだ寝ないけど…もしもだよ!」

「もしも?」

小首を傾げてきょとんとした顔をしてる夢子ちゃんもかわいいなー…じゃなくて!

「いやいやいや…そのー」

どう誤魔化そうかと考えていると

「あーなるほど。準備いいですね!」

何かを理解した風の彼女が部屋に入ってくる。
心臓の音がどんどんうるさくなる。

ついに…ついに…

「じゃじゃーん見てください!梅酒に日本酒ももらってきたんですよ!おつまみは適当に準備しました!」

「……え?」

夢子ちゃんの手にはお盆。
その上に梅酒と日本酒の瓶とグラスが2つ、それにちょこちょこと食べ物が乗ったお皿が1つ。

……そういえば、今朝方何か言ってた気が…

「今日、実家に行ってきたんです。自家製の梅酒は本当に美味しいですよ!近藤さんと飲むって言ったら父が日本酒も持って行けって……」


布団に両手両膝をついて落胆する。

いや…どうせそんな事だろうとね…
別に期待してたとかそんな事は…ね…


俺の気持ちなど少しも知らない夢子ちゃんは布団の傍らに腰をおろし、隣にお盆を置いた。

「これで酔っぱらって眠くなってもすぐに寝れますね。」

ふふっと笑いながら夢子ちゃんは瓶の蓋を開けて2つのグラスに梅酒を注いでいく。
その1つを俺の方に渡そうとする手がふと止まった。

「近藤さん?どうしたんですか?何かありました?」

俺の顔を不思議そうに覗く夢子ちゃん。
どうやら落胆が顔に出てしまっていたようだ。
弁解をしようと口を開こうとした時、はっとしたように夢子ちゃんが謝ってきた。

「ご、ごめんなさい!私ったら気づかないで…」

「え?」

「さっきお酒飲んで来たばっかりですよね…もう飲めないですよね?」

どうしよう…と手に持ったグラスを眺める夢子ちゃん。

俺の考えなんて全然気づかないのが逆に笑えてきて笑顔でグラスを受け取る。

「大丈夫、なんでもないよ。ありがとう、いただきます。」

ほっとしたような顔で自分のグラスを持つ夢子ちゃん。
グラスを合わせて一口飲む。
確かにこれは旨い。

「どう? 美味しいですか?」

「うん!凄いうまいな、これ!」

「でしょ!お母さんが作る梅酒でね…」

梅酒を褒められた事が余程嬉しかったのか嬉々として語りだす。
それが可愛くてつい顔が綻ぶ。
それを誤魔化すようにグラスを口に運んだ。


「そういえば、夢子ちゃんはお酒飲めるの?大丈夫?」

「全然いけますよ!何でですか?」

「いや、屯所に初めて来た日に酒飲んで倒れてたから。」

「いや、あれは緊張してたのと一気飲みしたのが重なってですね……ほんと記憶が無くなったのは初めてです。」

恥ずかしそうにわたわたと言い訳をしているのがまた可愛い。

「でも、変なことはしてなかったみたいで良かったです。」

「え、や…うん……まぁ…」

「えっ…もしかして私、何かしちゃってたんですか!?次の日、近藤さんに聞いたら何にもなかったって言ってませんでした!?うわーっ恥ずかしい!何したんですか!?」

「あ、いや…そんな大したことじゃないし…」

「教えてください!」

これだけ必死に食い付かれると断れないな…

仕方ないとあの時の言葉を思い出す。

そして思い出してニヤリとしてしまうのを隠すために口元を手で隠し、ぼそりと話す。


「えーっと………ずっと………ですよって…言ってただけで…」

「えっ?な、何ですか!?何て言ってたんですか!?」

今にも泣き出しそうな顔をしながら焦っている夢子ちゃん。

「ずっと前から大好きですよって…」

言った俺も恥ずかしくて顔が熱くなるのがわかるが、それ以上に夢子ちゃんの顔がみるみる真っ赤になるのがわかる。

「な、わ、私、そんな事言ってたんですか!?」

こくんと頷く。

「ぎゃぁぁ!マジでか!恥ずかしい!しかもそんなん言ったら前々から近藤さんのこと知ってたのバレるじゃん!アホか私!忘れてください!記憶から抹消してください!穴があったら入りたいィィィィィィィィ!」

早口で叫びながら隣にある布団にスライディングで滑り込み、頭から掛け布団をかぶって隠れてしまった。

「ちょ、夢子ちゃん、大丈夫だから!全然恥ずかしくないから!出ておいで!」

慰めようと優しく声をかけるが、イヤイヤと布団から出ようとしない。
仕方ない。

夢子ちゃんを踏まないように丸く膨らんでいる布団のとなりに腰をおろして話しかける。

「あのさ、実はあの時のあの言葉…俺、すっげぇ嬉しかったんだ。」

伝えるのは恥ずかしかったけど、酒のお陰か、本人が見えないからか意外とすんなり言葉にできた。

「だから、絶対忘れることはできないし…全然恥ずかしいとかないから。むしろ…ありがとう。」

「…………。」


部屋が静寂に包まれる。

あ、あれ?
もしかして俺、はずした?
むしろ恥ずかしいのは俺か!?

どうしよう。
どうフォローしようかと考えていると、急に布団をはねのけて夢子ちゃんが抱きついてきた。

急な事で受け止めきれず二人で布団に倒れる。

「どうし…」

言葉を遮られる。

ちゅっ

お互いの唇が軽く触れる。


えっ…これは…えっ?


突然の出来事で呆然としていると、再度ぎゅうと抱き締められる。

「近藤さん、ありがとうございます。一年前も、あの時も、今も、ずっとずっと大好きです。これからも、ずっと一緒にいたいです。」

ぐりぐりと頭を押し付けてきているので顔は見えないけれど、きっと真っ赤になっているのだろうなぁ。
愛しくて愛しくて、一生懸命抱き締めてくる小さな体を抱き締め返す。

「俺も、夢子ちゃんが大好きです。ずっと一緒にいよう。」


俺を抱き締めている手に力が込められるのがわかった。


これは……ムラムラします。
や、これは男として仕方ない事で、自然な事で…
いや、考えても仕方ない。
行動あるのみ!

そう思って体勢を変えようとした時、ふいに体が軽くなった。


「じゃあ、続き飲みましょうか!」


視線を向けると起き上がった夢子ちゃんがグラスを手に取り微笑んでいた。


えっと…これは…
この高ぶった気持ちはどうすればいいの!?


「はい、近藤さんの分です。あ、日本酒がいいですか?」

笑顔でグラスを渡してくる夢子ちゃん。
その笑顔を見ると仕方ないかという気持ちになる。
まあ、初ちゅーしたし…


グラスを受け取り一気に飲み干す。

「わぁ、近藤さんすごいですね!」



今日は飲むぞ。











次の日、二日酔いでトシに怒られたのは言うまでもない。




 





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