我儘と独占欲と愛


時間は夜中の2時になろうとしている頃だった。
真選組の屯所内はしんと静まり返っており、時折虫の音が僅かに聞こえてくるだけだ。

そんな時間、夢子はその廊下をコソコソと隠れながら移動していた。





久しぶりに会った友人達との飲み会は日を跨いでからの解散になった。
気分良く帰ろうと夜道を歩いていたのだが、突然の雨に降られてしまったうえ、最悪な事に雨足は強く、屯所に着く頃には下着にまでしみ込むほど濡れてしまった。
おかげで夢子は浴場へと走って行くことになってしまったのだ。

悪い事は続くもので、冷えきってしまった体を無事湯船であたためる事はできたのだが、さあ後は部屋に帰って眠るだけだと寝巻きに着替えようとした時、いくら探しても着替えが見当たらないのだ。
慌てていたものだからきっと部屋に忘れてきたのだろう。
さて、どうするか。

着ていた着物は絞ってもまだ水が滴る程だ。できれは着たくはない。それにこんな真夜中に廊下を歩いている人も少ないだろう。

少し悩んで決めた結果が、隠れながらパパッと部屋に帰ってしまえば問題ないだろうと、下着の上からバスタオルを巻き付け、急いで部屋に戻るという作戦だ。



そうして夢子は真夜中に隠れながら自室へと戻る事になったのだ。







やはりこの時間は人がいないようで、誰かに出会う事も無く自室の近くまで帰って来られた。
静かな屯所内は虫の音がよく聴こえる。

あともう少し。
逸る気持ちで最後の角を曲がった先、夢子は勢いよく何かにぶつかってしまった。
ぶつかった先から低い驚きの声が聞こえてきた事により、誰かにぶつかってしまった事が理解できた。
謝りつつ顔を上げると、相手に更に驚いた。

「わっ、えっ近藤さん!?」

「夢子ちゃん……!?」

夜中まで任務をこなしていたのだろう、隊服に身を包んだ近藤が、ぶつかってきた夢子を見下ろし、その姿に驚いていた。

「なっなんでっそんなッ!?えっ」

口をぱくぱくと開きながら、うまく言葉が出てこない近藤だが、はっと気づいたように自身が羽織っていた隊服を脱いで夢子の肩へとかけた。
そして近藤の後ろで同じように驚いて固まっている山崎へと指示を出す。

「夢子ちゃんは俺が部屋まで連れて行く。悪いが山崎、先にトシの所へ行っててくれ」

「わ、わかりました!」

真剣な声音で指示を出された山崎は、慌てて返事をすると元来た道を戻って行った。
山崎は土方の部屋へと向かう道中。てっきり近藤は彼女の所謂ラッキースケベに対して「なんて格好を!」や「刺激が強すぎる! 」などと喜んで興奮した態度をとると思っていたのだが、近藤の真剣な雰囲気に意外だなぁと少しばかり関心していた。




山崎の足音も遠ざかり、近藤と夢子の二人きりになった。
夢子は礼を言うと、自身の身体にかけられた上着を両手で触れた。
まだ彼の体温が残っているそれに包まれ、嬉しさに鼓動が高鳴る。
しかし、それとは逆に近藤から発せられる声はひどく落ち着いたもので、その落差にドキリと心臓が揺れる。

「どうして、そんな格好でいるんだ?」

そう問われた夢子は少し詰まりながらも事の経緯をかいつまんで説明する。その間も空気は変わらない。

「こんな時間に一人で」

「ここは男所帯だ」

「今、自分がどんな状態かわかってるか?」

いつものへらりと笑う近藤とは全く違う雰囲気にたじろぎながらも言葉を返していく。

「誰にも会わないかと思って……」

「俺と山崎に会った」

「はい……」

「そんな格好で」

「…私の事なんか、皆それ程気にしないかと……」

「俺は気になる」

近藤の声が少し荒げられ、夢子の肩が跳ねた。

「男は女性の裸に興味があるし、皆がみんなそれを抑えられるとは限らない。やろうと思えば夢子ちゃんを自由にできるんだ」

でも…ともごもごと口ごもる夢子に

「なにより、俺は好きな女の肌を他の野郎に見られるのは我慢ならねぇ」

そう言って、真っ直ぐ強い瞳を夢子に向けた。
逸らされる様子も全くないその視線に夢子の心臓はきゅっと縮まり、背中には汗が流れる。

「ごめなさい…軽率でした」

そうやっと声を絞り出し、謝罪を述べるので精一杯だった。

「……部屋まで送ろう」

謝罪に対しての返事は無く、一言発すると先導して夢子の自室へと向かった。
夢子はその後ろを俯いてとぼとぼとついていく。もちろん近藤の表情を窺い知ることは出来なかった。






部屋の前に着いた夢子は近藤に礼を述べて頭を下げた。

「もし、また何かあればその時は俺を呼んでくれ。すぐかけつけるから」

伝えられた言葉は優しいのに、彼が纏う空気は相変わらずで、夢子は萎縮したまま再度頭を下げる。

「すみません。ありがとうございます」

その様子を見るも近藤は「じゃあ、おやすみ」とだけ告げてそのまま背を向けて立ち去って行った。

うるさく心臓が鳴り響くのに、体温はどんどんと下がっている感覚。


怒ってた。怒られた。嫌われたのかもしれない。愛想尽かされるかもしれない。
自分の浅はかな行動でこんな事になるなんて。


近藤が立ち去り姿が見えなくなっても夢子はそこから動けなかった。










近藤は自室に戻ると襖を閉め、座った先の机を大きな音を立てながら叩いた。
土方に会いに行かなくてはならないのだが、こんな気分のままでは行けない。

自分の心の狭さに苛立っていた。
彼女の素肌を他のヤツに見られた事、その苛立ちを彼女自身にぶつけてしまったこと。
モヤモヤと嫌な感覚が渦巻く。

クソッ。最低だ。

近藤は髪をぐしゃりとかき乱した。










***








「いい加減にしてくれ、近藤さん」

そう言って土方は頭を抱えた。

あれから二人がギクシャクしてしまって数日。
近藤はあの出来事以来、仕事が疎かになるわ、上の空な事に怒られるわ、半べそかいて慰められるわと、周囲、特に土方に迷惑をかけていたのだった。

そんな状況だ。土方も頭の一つや二つ抱えたくもなるだろう。

「だってよぉ…あんな事で怒るなんて器のちいせえ男だと思われちまったに決まってる!それにあれから夢子ちゃんが全然俺に会いにこねぇ!もう嫌われたんじゃねぇかって思うと……」

目の前にある溜まった書類の山など見えていないのだろう。近藤は土方に負けない程頭を抱えて悩み続けていた。

「もし別れてぇなんて言われたら俺はどうしたらいいんだ、トシ!ストーカーになる未来しか見えねぇよ!!」

眉を大きく下げ眉間にシワをこれでもかという程寄せながら大声で嘆く近藤に、土方はずっと大きなため息と共に当たり前の言葉をかける。

「んなわけねぇだろ。あいつがどれだけ近藤さんに惚れてると思ってんだ」

「そ、そうかなぁ?」

近藤自身、夢子に好かれている自覚があるうえに、土方にまでそう言われると、先程までの悲痛な顔はなりを潜め、締まりの無いニヤけた表情へと変化する。

「まあ、そういうこった。だから気にすんなよ近藤さん。ほら、わかったらその仕事終わらせてくれ」

そう言って近藤の前に積まれている書類の山のてっぺんを指さした。
まだ納得しきれていないのであろう、また悩む顔に戻ろうとしている微妙な表情の近藤を無視し、土方は今日中に終わらせてしまいたい報告書の束に再び視線を落としていく。

と、そこに部屋の外から声が一つかけられた。

その声の主に気付いた近藤は、慌てて隣の部屋へと続く襖に駆け寄り隠れてしまった。

その光景を見届けた土方が一呼吸置いて返事をすると、スッと廊下側の障子が開かれた。
そこから先程の声の主である夢子が顔を覗かせると、挨拶もそこそこに土方の前へと腰を下ろし対面した。

「近藤さんは…」

「ここにはいねぇよ」

そわそわと軽く辺りを見回していた夢子だが、土方の返答にしゅんと肩を落とした。のは一瞬で。

「土方さん!私、近藤さんに避けられてますよね!?嫌われた気がします!やだ!絶対次会った時は別れ話ですよ!無理ー!!!そんなのまた近藤さんのストーカーに逆戻りじゃないですか!!将来は近藤さんのストーカーじゃなくてお嫁さんになりたいのに!」

やだ!むり!どうしよう!とわあわあと叫びながら土方に不安を吐露していく。
近藤と同じく、夢子もあれからずっと近藤に嫌われてしまったかもしれないと悩んでいたのだった。

半泣きになりながら、聞いているのかいないのか分からない態度の土方に不安な気持ちを吐露していく。
夢子のその様子を隣の部屋で窺っていた近藤は居ても立ってもいられなくなり、その襖を勢いよく開いた。

「夢子ちゃん!」

「えっ!近藤さん!?」

夢子は突然大きな音を立てて開いた襖にも、そこに立っている人物にも驚くが、我に返ると弾かれるように部屋を飛び出してしまった。

その夢子を慌てて追いかけようとした近藤だが、足元に散乱した書類に足を取られ、畳へとすっ転んでしまった。
しかし、それでも自身を足止めした書類には目もくれずに、急ぎ立ち上がると後を追って部屋を飛び出した。
長い廊下をバタバタと走って逃げていく彼女を見つけると、必死に追いかける。

「待ってくれ、夢子ちゃん!」

「嫌です!別れ話なら他所でしてくださーい!!」

「ちょ、早っ!待って」

「わーわー!何も聞こえませーーん!」

「違うって!夢子ちゃん!」

すっかり別れ話をされてしまうと思い込んでしまった夢子は両手で耳を押さえて話を全く聞かず、近藤から逃げるために屯所内を走り続けた。

「来ないでーーー!イヤーー!!」

「ちょ、誤解をうむからソレェ!!!」

まるで不審者から逃げているかのような悲鳴をあげて逃げ回っている様子に、何事かと視線を向ける者や、夢子を追いかける近藤を見てヒソヒソと話をする者だったりと、近藤へ冷ややかな視線を向けているのがほとんどだった。
とはいえ、二人の持久力やスピードの差は歴然で、いくつかの角を曲がった先で、近藤は夢子の手を捕まえる事が出来た。

「イヤ!離して!何も聞きたくない!!」

「違うから!落ち着いて!」

今にも泣き出しそうな表情で夢子は頭を左右に振り拒否を示している。近藤はそれをどうにか落ち着かせようと声をかけるが、彼女が聴き入れてくれる様子は無さそうだった。
ならばと近藤は握っていた夢子の腕を離すと、がばっと地面に伏せた。

「すまん!!!!俺が悪かった!!!許してくれ!!!」

突然の土下座と、屯所中に響き渡っているのではないかと思えるような大声の謝罪をされ、流石に夢子も驚いて近藤に視線を向けた。
一瞬思考が停止するも、その状況を理解すると同時に慌てて足元で土下座をし続ける近藤の頭を上げさせようとする。
しかし、彼が土下座を止める気配はない。

「俺の器がちぃせぇばっかりに、夢子ちゃんに嫌な思いさせちまった。この通りだ、俺を許してくれ」

「嫌な思いなんて、私は近藤さんに嫌われる以外に嫌な事なんてないですよ!」

「俺が夢子ちゃんの事嫌いになるわけないだろ!」

「じゃあ嫌な思いなんかしてないです!」

夢子がそう声を張り上げると、ようやく近藤の頭を上げさせる事ができた。
そして、ずいと近藤の顔の前に自身の顔を向けて真っ直ぐ目を合わせた。

「近藤さんは何も謝る事なんか無いです。悪いのは私だから、私が謝りに来るまで堂々と待っていればいいんです」

「いや、あんな事でムカついちまった俺が悪い」

「私が悪かったです」

「俺だ」

「私が…」

「だとしても!俺が頭を下げることで夢子ちゃんと仲直りできるなら俺はいくらでも下げる!」

そう叫ぶと、真剣な瞳を夢子へと真っ直ぐ向けた。
二人の視線がぶつかり合い、互いのことを理解する。


ああ、愚直なこの人には誰も敵わないわ。


夢子は手のひらをついて近藤へと頭を下げた。

「ごめんなさい。…私が謝ります。だから近藤さんは頭下げないでください」

「だが…」

「私も近藤さんとずっと仲良くしてたいから」

そう言って顔を上げた夢子は優しく笑った。
それにつられるように近藤もいつもの笑顔に戻る。

「夢子ちゃんの事は全部許すさ。何でも受け入れる」

「あまり私を甘やかさないでくださいよ」

「それは俺のセリフだ。夢子ちゃんは本当に俺に甘い」

二人で顔を合わせて笑い合う。
幸せそうな空気にいつもの風が優しく吹いた。








 





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