昼を少し回った頃。お粥を乗せた盆を持って、夢子は屯所の廊下を歩いていた。
お粥からは湯気が薄く立っており、歩く夢子の周りから後ろにむけて優しい香りが流れていく。
目的の部屋の前で立ち止まると、小さく声をかける。返事を待たず障子を開けて湯気と共に中へと入って行った。
先程閉めた、庭に面した障子からは太陽の光が薄く入ってきている。今は正午を少し過ぎた頃で、室内には直接的な光は無い。
薄暗い部屋の真ん中に敷かれている布団には、珍しく風邪を引いてしまった近藤が眠っていた。
夢子はゆっくりと近付いて枕元に座ると、音を立てないようそっと盆を下ろした。
自然と起きるのを待つつもりでいたが、気配を感じ取ったのか、近藤はゆっくり瞼を開けて夢子を見上げた。
「すみません。起こしちゃいましたか?」
「いや、大丈夫だ」
寝起きというのもあるだろうが、その声は少し掠れており、彼の体調がまだ良くないのが伝わってきた。
「お粥作ってきたんですけど、どうします?食べれますか?」
「ああ。いい匂いだな。腹が減ってきたよ」
ゆっくりと起き上がろうとする近藤の背中を手で支えてやる。触れた背中は布越しでも十分熱の高さを感じる程だった。
「大丈夫ですか?」
「よく寝たからな。幾分か体が楽になったよ」
そう言って緩く笑った近藤だが、いつもの夏の太陽のような眩しさは出ないようだ。
「夢子ちゃんが作ってくれたのか?」
頷いた夢子の返事を受けると、近藤は顔を綻ばせて礼を言う。そして、嬉しそうに隣に置かれた盆へと手を伸ばした。
「あ」
夢子は小さく声を漏らした。
静かな室内なうえ、夢子の声を聞き漏らさないであろう近藤の耳に、それはしっかりと届いていた。
「どうかしたか?」
動きを止めた近藤が、手元から夢子へと視線を移動させた。
視線の先の夢子は忙しなく瞳を動かして、近藤と目が合えば逸らし、お粥を見る。それを交互にしていた。
何か言いたいだろう事は分かるが、内容までは気付けないと、近藤は軽く首を傾げた。
「あの、もし良かったら、私が食べさせてあげても良いですか…?」
遠慮がちに小さな声でそう言うと、夢子は近藤の方を不安そうに見上げた。
その愛らしい姿に、近藤は風邪のせいではない別のところから、ぶわっと体温が上がる感覚を覚えた。
「もちろん!お願いします!」
食いつくように大声で返事をした近藤に、夢子は「はいっ!」と声を弾ませた。
隣に置いたお粥と匙を手に取ると、ひとさじすくって、数回ゆっくりと息を吹きかけてやる。それに合わせてふわりと湯気が散っていった。
「いやー、嬉しいなぁ!」
夢子の手元と風を起こしている口元を見つめながら、しまりの無い笑顔を浮かべている。
そんな近藤の口へと、零さないようゆっくり匙を運ぶ。
「はい、あーん」と言えば、夢子の手まで飲み込めるのではないかと思える程、近藤の口が開かれた。そこに匙を進めれば、ぱくりと閉じて乗せられたお粥が吸い込まれた。
「うまい!」
そう言って、近藤はぱあっと花が咲くように笑った。
近藤につられて夢子にも花が咲く。
好きな人の看病が出来ることが嬉しい。
喜んで受け入れられる事のなんと幸せなことか。溢れ出るように笑みがこぼれた。
一緒に笑う近藤の口元が汚れいるのを見つけ、ハンカチを取り出すとそっと拭ってやる。
「お口に合って良かったです。早く元気になってくださいね」
「ん!うぉお…っ!」
笑顔の夢子に対し、近藤は突然自身の顔を覆って唸り出した。
「どうしました?熱かったですか?お腹痛いですか?」
何事かと心配して顔を覗き込もうとする夢子の瞳と、顔を覆っていた手の隙間から覗く近藤の瞳がぶつかる。
「すげぇ、今、抱きしめてキスしたい」
低い声で呟いた。
決して大きな声ではなかったが、少し近付けば触れ合える距離にいる夢子の耳には十分すぎる程だった。
「でも、そうすると感染っちまうから我慢してる!だがすっげぇしたい!」
ふざけた声色だが、真っ直ぐ見つめてくる近藤の瞳の奥からは、ゆらゆらと炎が見て取れるようだった。
それを受けて、小さく息を吸い込む。
「じゃあ、これ、食べて、早く元気になってください。私も、したいの…我慢、するので……」
詰まりながらも夢子は懸命に言葉を伝える。
私も同じ気持ちだと。
それを伝えたら、きっと彼は嬉しいんじゃないかと思うから。
近藤の言葉と態度、それに自分の気持ちと。全部が混ざって、心から身体へ、身体から顔へとどんどん熱が溢れ出ているようだ。
きっと今、風邪をひいている近藤よりもずっと顔が赤いのだろうと夢子は思った。
またお粥をすくい、二匙目を差し出す。
顔を真っ赤にしながら、近藤を見つめ返すその瞳にも炎が揺らいでいるのだろう。
「うぅ…そんなに煽らんでくれ!」
負けずに頬を染めた近藤が口を大きく開けた。
早く、早く治れと期待を込めて。
←
お見合いトップ
小説トップ
トップページ