「…そういう事か…。」
そう呟くと土方さんは新しい煙草をくわえて火をつけた。
外はもう夕日が辺り一面を赤く染めている。
「私は、例えお妙さんの身代わりだろうと近藤さんの側にいられるならって…」
「アンタは」
「え?」
「近藤さんと夫婦になった後もずっと志村妙の真似を続けるつもりなのか?」
「そうですね。」
「アンタは本当にそれでいいのか?」
真っ直ぐ私を見る土方さんの視線がいたい。
「アンタ自身じゃなくて、上部だけの…志村妙の真似をしている嘘のアンタだけしか見てもらわなくていいのかよ。」
何も知らないくせに……
その真っ直ぐな瞳と言葉に心が握り潰されるようだった。
そんな事、私が1番解ってる。
「………わけ…」
「あ?」
「いいわけないじゃない!誰が好き好んで恋敵の真似なんかするのよ!本当は髪を染めたくなんかなかったし、着物の好みだって違う!宴会の時だって皆と騒ぎたかった!自分の言葉で話したかった!自分を押し込めてなんかいたくなかった!本当は!私自身を好きになって欲しかった!」
我慢できずに涙も感情も思いも押し込めていた物がポロポロとこぼれていく。
「でも…それじゃあ近藤さんにフラれる。近藤さんの側に居られない。だったら…全部隠して、全部我慢したらいいって……」
着物の裾で涙を拭う。
桃色の着物は濡れてどんどん赤みを帯びていくがそれでも涙は止まらない。
ぐすぐすと鼻水をすする音だけが部屋に響いていた。
黙っていた土方さんが煙草を口から外し、煙と一緒に言葉を吐いた。
「……だってよ、近藤さん。」
「え…」
奥の部屋の襖がすっと開き、中から、眉間に皺を寄せ、難しい顔をした着物姿の近藤さんが現れた。
「なん…で…」
「悪いとは思ったが話は全部聞かせてもらったよ。」
先程まで爆発していた思いは雲散霧消してしまった。
全身から血の気がさっとひくのを感じ、指先から全身へと震えが止まらない。
バレてしまった。
一番知られたくない人に。
もう、終わり。
「…あぁ…近藤さん…すみません…」
彼の顔を見る事が出来ず、震える指先を見つめて頭を垂れた。
「いや、俺も話さなければならない事が……実は、俺もうすうす夢子ちゃんの事は気付いてたんだ。」
「…え…?」
気付いていた?何を?いつから?
思考がピタリと止まり、ただ彼の言葉を飲み込んでいく。
「初めは全然気付いてなかったんだ。随分雰囲気がその…変わっていたし。でもあの宴会の日、夢子ちゃんの簪を見てもしかしてって。でも簪なんか似たような物たくさんあるし…だいたい1年前の物なんかまだ持っている可能性すら低いしって…ただ単に似てるだけだろうって思ったんだ。でも一緒に居るうちに…何か無理してないかって思う時が多くて、それでトシに相談したんだ。」
「さっき言ったように俺はアンタの事、なんとなく覚えてたしな。」
妙にすまなそうに話す近藤さんを見ながら、彼はこうなっても私を傷つけまいと気を使っているんだなと感じ、やはり彼への愛おしさを実感した。
「……そうですか。とっくにバレてたんですね。はは…恥ずかしい。……騙してすいませんでした。…出来るだけ早く荷物をまとめます。お世話になりました。」
畳に手をついて頭を下げる。
バレてしまっていたのはショックだったが、不思議と心はスッキリしていた。
それでも近藤さんに嫌われた現実が視界を歪ませる。
泣く資格なんか私には無いだろうに。
「ちょ、ちょっと待って!別に謝ってもらおうとか、ましてや追い出そうって思ってこの話をしたんじゃないんだ!」
「え?」
罵られ、婚約破棄を言い渡されると身構えていた私にとって、それは予想外な言葉だった。
近藤さんは懐をゴソゴソと漁ると手のひらより少し大きな包みを私に差し出し、開けるよう促す。
受け取って包みを開くと一本の簪が入っていた。
赤と白が混じりあったトンボ玉が付いた簪。
1年前のあの時の簪。
あの時と異なるのは割れていた箇所が綺麗にくっついていることだ。
「これって…」
「あれからすぐ直してもらってたんだ。本当はもっと早く渡したかったんだけど、あの時はどこの誰かも解らなかったし…それに、今度は夢子ちゃんが本当にあの時のお嬢さんか自信がなくてなぁ。」
近藤さんも私の事を覚えててくれてた。
わざわざ簪を直してくれてた。
私の事を探してくれてた。
1年も簪を持っていてくれてた。
嬉しい。
嬉しい。
嬉しい。
その事が心へとどんどん染み込んでいく。
「ふ…うえぇ…ズズッ……あ…ありがどう…ござ…ございまずぅうえぇ…」
必死に言葉を伝えようと、拭っても拭っても涙と鼻水は止まらない。
近藤さんが私の前に向かい合わせになるように正座をし、私の手をとって真っ直ぐ私を見た。
「1年前はただ泣き止ませたくて簪を贈った。でも今度はちゃんと意味を込めて贈りたいんだ。」
「…ひっく……意味って…ひっく…え?」
「え、あれ?簪を贈るのって意味あったよね?あれ?」
「ひっく…それって…」
「あー!もういいや!夢子ちゃん。俺と、結婚を前提にお付き合いしてください。」
握られた手から熱が伝わってくる。
真剣な眼差しが私を捕らえる。
「…………」
「あ、あれ?ダメ?」
「…私、本当は…おしとやかじゃ…ないんです。」
「うん。」
「…桃色の着物もあまり着ないし、本当は黒髪がいいんです。」
「うん。」
「全然…お妙さんと違うんです。」
「うん。」
「それでも…いいんですか?」
「うん。ていうか夢子ちゃんがいいです。」
「うぅ…わ…私…も…私も近藤さんがいいですぅぅ…」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの私を気にせず抱き締めてくれた。
そのおかげで余計に涙が止まらなくなってしまったのだった。
「あれ、副長。部屋の前に突っ立って何してるんですか?」
「うるせぇ、山崎。斬るぞ。」
「え、なんで!?」
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