ゴリラ男との出会いから一週間。
ゴリラ男は有名人らしくすぐ名前がわかった。
名前は近藤勲。
真選組の局長。
そういえばトシとやらに近藤さんと呼ばれていたな。
あの時借りたハンカチはいつでも返せるようにと常に鞄に入れている。
また偶然会えないかと江戸の町をうろうろするが、これがまた、なかなか会えない日が続いていた。
更に2週間が経った頃、町で偶然近藤さんを見つけた。
その瞬間、苦しい程に心臓が高鳴った。
いつも持ち歩いているのに、再度鞄にハンカチがあるのを確認した。
何て声をかけようか。
言いたい事はたくさんあるはずなのに、何も浮かばない。
ただただ緊張で口が乾いていく。
そして、ふと疑問が頭を過る。
はたして近藤さんは私の事を覚えているのだろうか。
別段特徴もなく普通の私。
事件があったとは言え、真選組の人達からすればそんなの毎日の事だろう。
きっと印象になど残っていないのではないだろうか。
ならば、もし、今、近藤さんに話しかけて誰かと訝しがられたら……。
いや、きっとそうなるだろう。
そう思うと体が動かなかった。
声が出なかった。
そうしているうちに、近藤さんは江戸の町へと消えて行ってしまった。
私はただ、それを見送る事しか出来なくなってしまったのだ。
それから近藤さんを見かけるたび、機会を伺おうと周りをうろつくが、やはり声をかけることは出来なかった。
月日が経つ程弱気になっていき、それでも近藤さんをこっそり眺めるのは止められなかった。
そうすれば必然的に知ることになる。
志村妙さんの事。
近藤さんの想い人。
私と同じ、ストーカーになる程好きな人。
ショックではあったが、仕方がないと思う。
近藤さんにだって好きな人くらいいるだろう。
それは勿論、あの時会っただけの私ではないのは至極当然だ。
あの出会いから1年が経とうとしている頃だった。
「お見合い?」
「あぁ、父さんの友人からの頼みでなぁ、どうしてもって言うんだ。」
急に父に呼び出されたと思ったら、とんでもない話を私にしだした。
「や、でも…」
「先方はとりあえずお見合いさせたいって感じだし、気に入らなければ断ってくれて構わないそうだ。まぁお前もまだ若いし、経験と思って会ってみてくれないか。」
「……はぁ。仕方ないなぁ。で、いつ?どんな人?」
申し訳無さそうに頼む父と、断って構わないという言葉に、何気にあった好奇心が勝ってしまった。
「すまんな、助かるよ。何でも相手さんは真選組の方らしくてな。」
「真選組………?」
真選組。
その言葉を聞いてドキリとした。
有り得ないと思いながらも、淡くも強い期待が全身を満たしていく。
「そう。その真選組の局長の……何て名前だったかな…」
「近藤…勲…さん………」
「そうそう、そんな名前。なんだ、お前知ってるのか?」
いい加減に近藤さんの事は諦めようと思っていた矢先の出来事だった。
「する!お見合いする!」
一月後に控えたお見合いに向けてうきうきと準備をしていた。
髪や肌の手入れをして、着物は何にしようか悩んで。
そしてふと思い出す。
近藤さんはお妙さんのことが好きだと。
お妙さんは綺麗だし、いつも笑顔で気遣いも出来る落ち着いた女性だ。
それに対して私は……
鏡に映る自分を見て、浮ついた気持ちがどんどんと暗く沈んで行くのがわかった。
お見合いをしてもきっと近藤さんは私の事など気に入ってくれないだろう。
だって近藤さんはお妙さんが好き。
…でも、近藤さんはお妙さんにはあしらわれてばかりいる。
………ならば私がお妙さんになったら…?
お見合いの為に、お妙さんがいつも着ている桃色の着物に似た着物を買った。
青い帯を買った。
髪の毛を茶色に染めた。
立ち振舞いを練習した。
私はお妙さんになってお見合いをした。
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