出会ったのはゴリラ


今回の仕事は時間がかかりそうだ。

"真選組屯所"と書かれた看板が掲げられている門の前で私はため息をついた。

依頼人は攘夷浪士。
仕事内容は真選組の屯所のおおまかな見取図と隊士達の行動パターンを観察、報告だ。

さて、どこから浸入するか…。
そんな事を考えながら辺りを歩いていると

「オイ、テメーウチに何か用か?」

見張りに見られていたらしい。
元とはいえ、くの一の名前が聞いて呆れる。

「え!いや、ただ通りかかっただけで…。」

「さっきから周りをうろうろしてただろ。」

「いえ、ほんと何でも無いんです。ただ道に迷っただけっていうか…。」

「本当か?小娘だからって油断すると思うなよ。」

「や、ほんとに…」

まさか周りをうろついただけでここまで警戒されるとは。
気は進まないがこれはあの作戦でいくしかないのか…

「実は…」

そう言いかけたところで一人の人物が私達の前にやって来た。

「テメェら、何騒いでやがる。」

目付きの悪い男。
くわえタバコをしたそいつは、私に尋問してきた隊士達と話し始める。

「ですが……長……さっきから…局長……。」

「小娘一人…時間……じゃねぇ……。」

少し離れた場所で話をしているせいか話の内容が聞き取りづらい。
だが隊士達の漏れ聞こえる話と男の偉そうな態度の感じからして、この男は隊長以上の役職のようだ。
それにさっき聞こえた"局長"というセリフ。
こいつが局長か?
ならばあの作戦を行っても何ら違和感無く屯所に潜り込めるだろう。

「あ、あの!」

「あ?何だ。」

「じ、実はここをうろうろしていたのには理由がありまして…」

「テメー、もしや攘夷の手の者か?」

見張りの男はそう言いながら刀を構える。
こんな少女相手に手が早すぎるだろ。
荒くれ者の集まりってのは本当らしい。

「ち、違います!私はただ…恋文を渡しに来ただけです!」

「恋文…だと?」

「は、はい。」

刀を持つ手が弛んだようだ。
私のような少女が攘夷浪士か恋文を渡しに来ただけの者かと聞かれれば普通、後者の方がしっくりくるだろう。

「へえ、それで勇気が出ずにさっきからうろうろしてたってワケか。で、誰宛だ?」

「名前は知らなくて…。」

「一目惚れってやつか。だったら土方さんか沖田さんあたりか?」

「まさか近藤さんとか?」

「あはは、ないない!で、どんな奴なんだ?」

目付きの悪い男を見るが、男は興味が無くなったようでタバコの煙を燻らせている。

「あの、その…真選組の局長さん…です。」

「は?」

目を見開いてこっちを凝視してくる男達。
先程まで興味無さげにしていた男もこっちを凝視している。
まぁ、急に告白されたら驚くよね、普通。
あ、タバコ落とした。

「あの……?」

「えェェェェェェ!?」

男達の声が響いた。







あの後驚愕と疑惑の目を向けられた為、用意しておいた"真選組局長様"宛の偽恋文を見せると、今度は哀れむ目を向けられた。
どうにもイマイチ意味が解らないが納得してもらえたようで、どうにか屯所内に潜入することができた。


「聞いたんですけど、本当に局長に一目惚れしたんですか?」

山崎と名乗ったこの地味な男も、信じられないといった表情で問いかけてくる。
黙って部屋へ案内しろ、このジミー。
という思いを胸に秘めて出来るだけ恥じらいを込めて頷いておいた。
ジミーもまた先程の男達と同様に哀れみを持った表情を向けてくる。
何故皆その様な顔をするのかと考えていると、ジミーがひとつの部屋の前で足を止めた。


「ちょっと待っててくださいね。局長!さっき副長が言ってた人を連れて来ましたよ。」

どうぞと言われ静々と部屋に入る。
先程の目つきの悪い男は局長ではなく副長だったようだ。
まぁ、どちらにせよいきなり局長と接触できるとは上々だ。
このまま気に入られれば潜入捜査も楽になる。
とりあえず局長の顔を拝んでやろうと視線を前に向けると、何故、皆にあんな顔をされた理由がわかった。

何故なら和室の奥に真選組の隊服を着たゴリラがいたからである。


えっと…局長は?真選組局長はドコォ!?
まさかこのゴリラが真選組局長っていうのか!?いや、まさかな…。
ハッ!さてはハメやがったな!ジミーコノヤロォォォォォ!


「局長、この方です。」
「そうか、ご苦労だったな、山崎。さがってくれ。」


ゴリラが局長だったァァァ!
え、ちょ、ジミー!さがるな!私とゴリラを二人っきりにするなァァァァァ!!


「えっと…トシから話は聞いてるよ。な、何か俺に、文を渡そうとしてたとか。何か知らねぇけどー。」


クッソ照れてんじゃねぇよゴリラコノヤロォォォォォ!


「はい…。あの、夢野お嬢と申します。先日町でお見かけして、その…貴方が気になってしまいまして…。」

「そ、そっかー。先日町でねー。気になるって何?一体何が気になったのかなー?」


中学生かテメェ!ニヤニヤ解りきったことを聞いてきやがって。
マジ殴りてぇ。仕事放棄してマジ殴りてぇ。


そんな考えを顔に出ないように、今すぐ文を破り捨てたい気持ちを抑えておずおずと偽恋文をゴリラに渡した。

顔を引き締めようとしているのだろう、一人百面相をしながらゴリラが文を読んでいると、先程門の前で会った副長が部屋にやって来た。
この男の方が余程局長らしいと思うのだが…。

読み終えたらしいゴリラが文を仕舞ってこちらに向き直った。

「文は読ませて貰った。気持ちはありがたいが、俺には心に決めた人が…」

ゴリラにフラれるとは…。

「そんな、今すぐ結婚してくれと申している訳ではありません!お互いまだ知らない事がたくさんあります。少しの間でかまいません。せめて…せめてお側においてはくれませんか!」

「しかし…」

「雑用でもパシリでも構いません。少しの間、ここで働かせて頂けませんか?」

必死に、切なそうに、ゴリラの目を真っ直ぐ見据えて訴えた。

ここまで来たんだ、このまま帰るわけにはいかない。
それに私の顔を知られてしまったのだ、この先潜入捜査するにしてもバレてしまう可能性が高い。
ここは絶対に退けない。

「…どうすんだ?近藤さん。」

「……丁度雑用する者が足りないと話していたところだろう。そこを手伝って貰えば…。」

「…ハァ…近藤さんならそう言うと思ってたよ。」

「あ、ありがとうございます!」

「だが俺はお前を信用しているわけじゃねぇからな。当分見張りを付けさせてもらう。」

「トシ!」

「はい、構いません。やましいことは有りませんので。」

「……。」





荷物や準備があるだろうと今日は家に帰り、明日から真選組の雑用として働く事になった。
なんとか潜入出来たことにほっと胸を撫で下ろし、屯所を後にする。

クライアントに報告する内容を考えながら朱に染まる歌舞伎町を自宅に向け歩いた。




 





潜入トップ
小説トップ
トップページ