足繁く通う-間をおかず同じところへ何度も行く様。
最近のゾラはまさにこれだった。職人通りを抜け、闘技場をぐるりと回ったところにある小さな酒場。
特別食事がうまいわけではない。特別もてなしがいいわけでもない。
特別なのは、その店にいたひとりの娘だった。
「まあ、ゾラさんいらっしゃい!」
お店の奥から活発な声が聞こえる。それでも、店内ががやがやとしているので、大きく響くことはなかった。
ゾラが空いている席に座ると、ななしは盆を持って駆け寄ってきた。
店内の熱気にあてられ、少し頬が上気している。
ななしと会ったのは、2週間前のことだった。
その日は商品がよく売れて、普段は2つ3つ余る銀も全てさばけた。売り上げは黒字。久々の金に羽振りが良くなっていた。
外食でもしよう、豪華なものを食べよう。そう思い、散歩がてら闘技場の周りを歩いていた。
すると、ひっそりと、曲がり角に小さな酒場があった。いつもなら黙って通り過ぎるところではあるが、ゾラはその日、いつもとは違った、
金がある、回り道をした、だけじゃない。店先で、若い娘が掃除をしていたのだ。
その娘は箒を持ち、せっせと掃き掃除をしている。ゾラには気付いていないようだ。
ゾラの目に、その娘はとても愛らしく映った。
下を向き、落ちている葉をひとつにまとめて。綺麗になっていくのが嬉しいのか、時々微笑んでいる。
この店の制服だろうか。腰にエプロンをして、頭にはバンダナを巻いている。
ゾラが娘に見惚れていると、娘はお客さんに気付いたようで、ゾラを見た途端「あ、」と軽く声をあげた。
「いらっしゃいませ!」
そのときの弾けるような笑顔は、忘れ難い。なにせ、ゾラを恋に落とした笑顔である。
それからというもの、ゾラはほぼ毎日酒場に顔を出した。
少しでもななしの笑顔を見ていたかった。
良い歳して何が恋だ、とゾラも思っていたが、落ちてしまったものは仕方がない。
「なんにします?」
目を細めて笑うななしは、機嫌が良さそうである。
ゾラはいつもの定食と、お酒を頼んだ。定食はすぐに来るだろう。
ななしは注文を受けると、一度頭を下げてすぐに厨房へ入っていった。が、片手に何か持ってすぐに出てきた。
ゾラの目の前に小皿が出された。上にはバニラクッキーが何枚か乗っている。
「……これは?」
「サービス。ゾラさんいつも来てくれるから」
他のお客さんには内緒ね。と言ってきたななしに、どきりとした。口に指を当てて、楽しそうな様は、無邪気なのにどこか色気があった。
「甘いもの嫌いじゃない?」
「いや、むしろ好きだ」
嘘だが。特に嫌いでも好きでもない。だが、たった今からクッキーは好物になった。
ななしは「味の感想教えてね」と言い残し、また厨房の中へと消えた。
言い分からして、手作りなのだろうと思う。他のお客に出さず自分に出してくれた。ということに、ゾラは顔にこそ出さなかったが歓喜の極みだった。
話すことは、そんなに何度もあるもんじゃない。
こういう小さな会話がぽろぽろとあるだけで、お互い突っ込んだ話はしたことがなかった。
それでも、ゾラはななしに惹かれた。いつかお客に向ける笑顔とは違うものを見たい。そう思っていた。
料理を待つ間、クッキーを一枚食べた。普通の甘いクッキーだったが、今まで食べたどんなクッキーよりも、美味しく感じた。
しばらくすると、ななしが料理を運んできた。
「ゾラさん」
「ん?」
顔を上げると、ななしはなんとも切なそうな顔をしていた。初めて見る表情に、ゾラはそれ以上声をかけられない。
が、すぐにいつもの笑顔に戻り、なんでもないですと一言残して立ち去った。
何か言いたいことがあったのではないか。と思った。しかし、店員と客の間柄である。気にしても仕方がないと、ゾラは食事を進めた。
食事を平らげ、料金を払い店の外に出ると、ある日のようにななしが掃き掃除をしていた。
ゾラに気付いたななしは、箒を握りしめ挨拶をしようと口を開けたが、言葉が出てくることはなかった。
代わりに出てきたのは、ゾラを呼び止める言葉だった。
「あの、ゾラさん」
先ほど言いかけたことを伝えるのだろうか。とゾラは向き直る。ななしは言いづらそうに下を向いてしまった。
ここまで言葉に迷っているということは、何か後ろめたいことがあるのだろうか。とゾラは思ったが、急かすようなことはせず、じっと言葉を待った。
意を決したななしは、先ほどのこわばった表情より、いくらか柔らかかった。
「私、今日でこのお店やめるんです」
ゾラにとって青天の霹靂とも言えるほどだったが、唖然としているゾラにも気付かず、話を続けた。
「本当は、あの日に辞めるつもりだったんです。こうやって外で掃き掃除をしていた日」
「……俺が来た日か?」
「はい。でも、やめられなくなっちゃって」
どうしてそんなことを自分に言うのか、ゾラには分からなかった。自分のせいで辞められなくなったという文句のつもりだろうか。と考えたが、ななしの様子を見る限りネガティブな理由ではなさそうだ。
「私、あのまま辞めたら絶対後悔すると思ったんです。あの、だって私、ゾラさんに一目惚れしたんです」
「……は?」
ななしは思いの丈を明かしてすぐ、「ごめんなさい」や「それだけなんです」などを繰り返した。顔は真っ赤で、箒を持つ手も力がこもっている。
ゾラはあっけに取られていたが、すぐにはっとし、とりあえず力を抜いてあげようと手を握った。
「あ、あの」
「……」
握ると、余計力が入った。ゾラも思わずやった行動だが、色んな思いが交錯して黙ってしまう。
その思いの大半を占めるのは、喜びだった。
ゾラは手に目線を落としているが、ななしはゾラの顔を見つめるばかりで、お互いそのまま膠着する。
しばらくすると、ななしは「あはは」と笑った。同時に手の力も抜ける。
ゾラも肩の力が抜け、ななしの顔を伺う。
頬が赤い。目を細めて、幸せそうだと思った。ゾラ自身も幸せを感じていると、ななしはお茶の誘いを口にした。
ちょっとあついから、冷たいものを飲みませんか。と。
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