嘘はつけない 前編

ルリ島の騎士、タシャには婚約者がいた。

タシャの許嫁であるななしは、ルリ島を代表する商人の娘であった。
国をまたにかけ毛皮や絹を売り、ルリ島に多大な貢献をしてきたななしの父親を見込み、将来有望な騎士であるタシャと婚約を結べば、信頼が上がり、さらなる貿易を期待できると国が踏んだからである。

タシャとななしはお互い自由な時間に会うことはできない。なぜなら、タシャが忙しいからである。ルリ島の騎士であるタシャは訓練や軍議の時間もあるし、何より先のグルグ族との戦争問題も、完全に終結したわけではないからだ。

タシャはため息をついた。そんなななしと、これから会うのである。気が重いというわけではないが、妙齢のななしが少しばかり可哀想であると思っていたからだ。

国と親が決めたことで、好きでもない男に嫁ぐのはどんな気持ちだろう、と。それが気がかりだった。

タシャ自身は……ななしを、かわいらしい娘だとは思う。
しかし、好きか嫌いかで聞かれたら、正直どちらでもなかった。週に一度あるかないかの顔合わせで、ななしが未来の妻だという考えまでには及ばない。

タシャもななしも、饒舌な方ではない。だからこそ、結婚したときの想像がつかなかった。


待ち合わせ場所は、城門広場であった。ななしはあまりきらびやかなところは好かないため、会うのはほとんど城下町になっていた。

城を出ると、すでにななしは待ち合わせ場所にいた。ただし、男を二人傍に立たせて。

というより、男二人がななしに言いよっているように見える。

よく見るとそれは見知った顔であったため、タシャは怪訝な顔をしながら三人の近くに寄った。


「あら、タシャ」
「貴殿たち、そこで何をしている」


先に気付いたのはななしであった。男たちはタシャの方を振り向き、片方は「げ」と声を漏らし、片方は顔を明るくさせ「助かった」と言わんばかりである。


「エルザ……」
「良かったタシャ、ジャッカルを止めてくれよ。さっきから彼女のこと全然諦めなくて」
「エルザ、俺は彼女のようにかわいらしい女性を見ると口説かずにはいられないんだよ」
「タシャ、この人たちと知り合いなの?」


もはやタシャの話はななし以外聞く耳持たずといったところである。
うんざりしていると、ジャッカルはおもむろにななしの手を取り、優しく握りしめてまた口説こうとした。
ななしはびっくりして小さく声を上げたが、そのまま振り払おうともせずされるがままだった。

それを見たタシャはいささかムッとし、ジャッカルの手をつかんで睨みつけた。


「ええいやめろ、彼女は私の婚約者だ」
「え、こ、婚約者?!」


ジャッカルはパッと手を離し、エルザは驚いてななしとタシャを交互に見た。

タシャはジャッカルからななしを守るように隣に立った。
それを見たエルザは驚きの表情を引っ込め、嬉しそうに二人を見る。


「そうか、タシャにも婚約者なんてものがいたんだね」
「……なんて言いようだエルザ。ななし、お前もエルザ殿を見て知り合いか? とはなんだ。彼はカナン姫の婚約者だぞ」


今度はななしが驚く番だった。エルザのことを上から下まで確認し、眉尻を下げて申し訳なさそうにしている。


「ごめんなさい、あまりにも庶民的な格好でしたから気付かなくて……」


ななし、とタシャは咎めるように名を呼ぶと、「本当にごめんなさい」と改めて謝った。
エルザは気にするそぶりも見せず人懐っこい笑顔を浮かべた。


「気にしないで、城の服は窮屈で」
「それにしてもタシャに婚約者かあ。随分かわいらしい子じゃないか」


エルザの発言を遮るようにずい、と前に出たジャッカルは、改めてななしを品定めするように見た。
ななしは愛想笑いを浮かべて黙っているが、隣のタシャ少し機嫌が悪い。


「ななしちゃん、って言ったっけ? タシャのどこがいいんだい。こんな堅物」
「なっ……ジャッカル殿!」
「あはは、面白い人ですね。私はタシャのそういうところも好きなの」


ぎょ、とタシャはななしを凝視したが、ななしの方は楽しそうに笑ってるだけだった。

それを見たタシャはななしの両肩を掴み、自分の方を向かせる。
ななしは突然のことに目を白黒させている。


「そ、それは本当なのかななし」
「……当たり前でしょう」
「聞いていないぞ!」


少し慌てた様子のタシャを見たななしは、眉を寄せて「まさか、」と言わんばかりの顔である。


「……知らなかったの?」


寂しさを灯した瞳で見上げてくるななしに、タシャは返事をすることができなかった。

いつの間にか力が入っていた手から力が抜けていき、ななしの肩から滑り落ちる。
それをななしは目で追い、とても小さな声で「そう」と言った。


「……知らなかったの」
「ななし」


私は、と続けたタシャの言葉はななしにぶつかることはなかった。
ななしは踵を返し城門と反対側へ歩いて行く。

タシャは面食らってその様子を他人事のように眺めていた。あんな寂しそうな、泣きそうなななしの顔は初めてだ。

後ろではジャッカルが「追いかけろ」とうるさく、エルザもそれを急かすが、そんなことは耳に入らない。

ただ、遠のくななしの背中が、とても小さく見えた。

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