タシャの髪は後方に引っ張られた。正しくは、引き寄せられたのだが。
後ろからくすくすと声が聞こえ、振り返った先にはプラスチックの板を持ったななしが立っていた。
板にはタシャの髪が吸い寄せられていて、まるで逆立っているようである。
「こら」
「タシャ怒った?」
怒ってはいないが、あまり面白いとも感じなかったタシャは、手で板を軽く振り払った。
もう。とつまらなそうな声を上げ、ななしは自分の髪で遊び始めた。タシャも武器の手入れを再開し、部屋はまた静かになる。音は剣を研ぐ音だけ。
そのうち板を曲げる音も重なった。ぼよん、とビブラートの効いた音で、湾曲した板ととてもよく似ていた。
楽しくなったのか、最初のうちはリズムを刻んでいた。鼻歌も聞こえるようになり、自分の鼻歌に合いの手を入れているようだったが、ほんとのところ、彼女自身は板の音に合わせて鼻歌を歌っていた。
無邪気に笑う声も聞こえてきたが、とうとうそれもなくなり、間抜けなビブラートも聞こえなくなった。次に聞こえた音は「ばちん」と弾ける音だった。しかし、その音を聞く直前、タシャは確かに痛みを感じた。
なんだと驚いて立ち上がり身体ごと振り向くと、同じく目を丸くしたななしが立っていた。
手には板を持っていたため、おそらくそれのせいだろう。
「あは」彼女が笑う。悪いことをした、という自覚より先に、嬉しさが顔から見て取れた。
なんだほんとうに。タシャはほとほと困った。だが、彼女の嬉しそうな顔を見ると、怒る気が失せるのもまた事実。
首筋がぴりぴりする。
「楽しいか」
「楽しい楽しい。だってせっかくの休みだもの」
ななしは「ぼよん」と、また板を曲げた。自分の髪を逆立てて見せる。ほら、こうやって引き合うでしょ。にこにこ笑った顔がそう言っている。それを言われたところで、タシャに理解しろというのが無理な話だった。
「なにが言いたいんだ」
「だって、タシャちっともこっちを向いてくれない。こうするしかないでしょ」
引き合わせるのよ、こうして。また、板をタシャの髪に近づける。今度は痛くなかった。構ってほしかっただけかと合点がいき、素直じゃない彼女の腰に腕を回した。
「いたっ」
二人同時に離れる。お互いに溜まった静電気が、触れた瞬間弾けたのだ。
少し間を置き、目を合わせた。ななしは笑うが、タシャはため息をついた。
「近すぎるとだめみたいね」と言う声が、とても心地よかった。
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