雪の骨
昼間、ななしは外を眺めていた。
ルリ島で、空から降ってくる白い何かは、人々が雪のようだとささやく。
その白いものは、地面に降り積もることなく、すうっと消えてしまう。
こんなに降っているのに積もらないなんて、とななしは不思議に思った。
外に出ては雪のようなものに触れようとするが、それに触れることは叶わなかった。
すぐに消えてしまうからだ。
それを見ては懐かしむような、悲しむような顔を、誰に向けるわけでもなくする。
そんなななしが北国の話をし出したのは、昨日のことだった。
外のベンチに座って手のひらを上に向けているのをタシャが見つけ、声をかけると雪の話をされたのだ。
あいにくタシャは雪を本などでしか見たことがなく、この島に降るそれの「雪のようだ」という比喩を鵜呑みにするしかない。
しかしななしは、この雪は冷たくないから、雪ではないと言い張るのだ。
そんなこと誰でも分かっているが、ななしの言い分は絶対的な力を持っていた。
「……雪の骨」
自室で本を読んでいるとき、ななしは突然訪ねてきた。
私のことは気にしないで。そう言ったから、タシャは読みかけの本を脇に置くことはなかった。
30分ほど黙っていただろうか。ぽつりと、ななしはつぶやいたが、タシャにその言葉の意味は分からなかった。
顔を上げてななしの方を見ると、窓の外から目線を外し、ゆっくりとタシャに向き直った。
「雪の骨?」
「そう。雪の降る島でよく見れるの」
「……骨なのか?」
骨じゃないけど。とななしは小さく言って、また窓の外に目を向けた。
外は相変わらず、ふわふわと白いものが降っている。
ななしの懐かしむような目は、もしかしたら故郷を思い出しているのかもしれない。
どこの生まれか、という話はしたことがなかったが、この横顔は寂しさを持っていた。
ホームシックになったのかもしれない。
「新雪についたタイヤの跡が骨に見えるの。それを私たちは、雪の骨と呼んだわ」
そうして、冬が訪れたことを知るのだ。
初雪、新雪、雪の骨。
雪の骨と言っても、所詮はタイヤの跡だ。とても綺麗とは言えなかったが、子どもたちはそれを崩さないように避けて通っていた。
地面に残る無数の雪の骨は、朝になるといつの間にかなくなっていることがよくあった。
「……避けて通るほど、大事なのか」
「いいえ。歩きづらいからよ」
でこぼことした雪は、子どもの小さい足にとっては酷だった。
転ぶこともあるし、雪の骨は馬車の通り道というしるしでもあった。
朝に雪の骨がなくなるのは、親切な大人たちが、綺麗にならしてくれているから。
雪というのは、毎年その島の人たちを憂鬱にする。
ななしは懐かしくなった。ここ数年味わっていない雪の煩わしさも、
母親に手を引かれて歩いた雪道も、すべて思い出になった。
「帰りたいか」
「……そうね。でもそれは、タシャに見せてあげたいから」
タシャの三つ編みを見て、ななしは目を細めた。
昨日、いきなり寂しくなったのは、何もルリ島に降る雪もどきのせいじゃない。
そう、寂しくなったのは、タシャの三つ編みのせいだった。その三つ編みが、雪の骨に似ていたからだ。
外にいるときはそうでもなかった。手の上に降り積もらない雪を見て、懐かしむだけだった。
それが、タシャを目の前にしたとき、雪の骨は、自分一人の思い出だと気付いたのだ。
雪の骨を知るものは、この島にいない。
雪の骨の上を歩くように、タシャとの時間は居心地の悪さを感じていた。
タシャから与えられる心遣いと、ななしが持っているおおらかさは共存できない。
それでも、ななしがタシャを選んだのは、タシャが優しかったからだ。
きっとタシャも同じことを思っているんだろう。と思う。
ななしは、この寂しさが続くのなら、故郷に帰ってもいいかな、と思った。
そのとき、優しいタシャはついてきてくれるだろうか。
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