確かに恋だった(1/2)

夢を、見ていた。
私は一人、おおもり山の山頂にいて、暗い、でも光の灯るさくらニュータウンを見下ろしている。風が吹いて、その冷たさに体を震わせたとき、ふわっと何かに包み込まれた。マフラーの龍2匹が頬擦りしてくる。振り返らなくてもわかる。優しく私を包むその腕はーー



「おわっ!」


はっと目が覚めた。きょろきょろと周りを見渡せば、ここはおおもり山ではなく、私の部屋だった。机の上にある時計は、午前2時を少し過ぎている。
緩く息をついて、両手で頬を包む。すっかり熱は下がったようだ。けれど、夢でみた彼を思いだし、別の熱が私の頬を火照らしていた。

まさか夢に見るとは。

弟に促され、自分の気持ちに向き合ったからか。夢で彼を見るとは思わなかった。
しかも、抱きしめられてたし。
夢は人の欲求を現すことがあると言う…ああ、恥ずかしいなあ。私はこんなにもオロチのことが好きだったんだな。ほんと、今更。

オロチに、会いたい。

夢で会ってしまったから尚更だった。会って謝りたかった。彼の気持ちを蔑ろにしてたこと、私自身の気持ちを蓋していたこと。彼は私たちの間にある垣根も越えようとしていたのに、怖がっていたこと。そして私がオロチのことを、好きだということも。


「明日、会いに行こうかな…」


幸い熱も下がったし、バイトもない。
そうと決まれば、早く寝なくちゃ。いつの間にこんなに行動的になったのか。これが恋する乙女パワーかと思いながら、もう一度布団を被り直す。そして目を閉じたとき、ふと何かの気配を感じた。さっきまで風が吹いている様子はなかったのに、かたかたと窓枠がなっている。ゆっくりと体を起こし、カーテンの閉まった窓を見る。わずかに影が、揺れた気がした。

もしかして、オロチ?

確信があったわけじゃない。でも、この肌で感じる気配ーー妖気を、私は知っていた。そっと窓に近付く。「オロチ?」と呼び掛けてみた。


「七海…」
「やっぱり、オロチだったんだね」


窓の外から聞こえてきた声。それは紛れもなく、今私がとても会いたいと思った相手であった。
窓越しだから聞き取り辛いところもあるけれど、それにしては弱々しく私の名を呼ぶ。カーテンを開けようと手を伸ばせば、「そのまま聞いてくれ」という。
向こう側の影が、また少し揺れた。


「七海…その、この前は悪かった」
「ううん…私のほうこそ、ごめんね…」


カーテンを開けられない代わりに、更に窓に近付く。オロチを近くで感じたくて、窓に手を添えた。


「俺は…本当にお前が好きなんだ。だから、お前が知らない男に告白されているのを見て、頭に血が上った。お前の気持ち、考えもせずあんなこと…」
「うん、わかってるよ」


オロチがどれだけ、私を想ってくれているのかも、全部。わかってるよ。
だから謝らないで。


「七海、」と再び名前を呼ばれる。「あのね、オロチ」といいかけて、私は震えそうな手で、ぐっとカーテンを握った。勇気だせ、私!ちゃんと伝えるんでしょう?


「その…今までオロチの気持ちを蔑ろにしてごめん」
「…お前が謝ることじゃない」
「ううん。私が悪いんだよ。オロチの気持ちにちゃんと向き合ってなかった」


スッと息を吸う。一度飲み込んで顔をあげた。涙が出そうだ。一体何の涙なのか、じわりと目が熱くなる。
カーテンの向こう側の彼は、どんな顔をしているのだろう。私は、とても情けなくて、泣きそうな顔をしてる。ねえ、オロチ。私、知らなかったよ。


「私も…オロチのこと、好きだよ」


気持ちを伝えるのって、こんなにも勇気がいるんだね。


「七海…!」


オロチが窓に近づいた気がした。私はカーテンを掴んでいた手を緩めて、ぺたりと手のひらをつける。「カーテン、開けていい?」と聞けば、「ああ…あ、いや、ちょっと待ってくれ…!」と慌てる声。でも、構いやしない。だってオロチだって今まで、お構い無しできたもんね。これでおあいこだよ!

勢いよくカーテンを開けた。そこに見えた、月を背にするオロチの姿。彼にしては珍しく慌てた様子で、すぐに顔を俯かせてしまう。よく見れば耳が赤い。

もしかして、照れてる?

その姿が、なんだかとても、愛おしかった。


「オロチ、」


名前を呼べば、戸惑った様子の視線がようやく絡む。涙が出るどころか、自然と笑みが出てきてしまって、彼はますます顔を赤らめていた。ゆっくり窓を通り抜けて、オロチがやって来る。ふよふよと浮いたままのオロチに、そっと手を伸ばした。


「オロチ、遅くなってごめんね」


大好きだよ。
優しいところも、ちょっと強引だったり、蛇のように相手を射る目も。全部、全部。

ぐいっと手を引かれて、そのまま強く抱き締められた。体温はないのに、彼はどこか温かい。私も抱き返す。「好きだ、好きなんだ…!」と叫びに近い囁きに、オロチの背中をゆっくり撫でた。


「オロチ、改めて聞くのもなんだけど…私でいいの?私、人間だよ?」
「当たり前だ。俺はお前がいいんだ」
「…私がおばあちゃんになっても?」
「ああ」
「私が先に、死んじゃっても?」
「その時は俺が『迎え』にいってやろう。今まで通り、これからも、この先ずっと」


「だから俺の傍で添い遂げてくれ」。オロチが腕を緩めて、額をくっつける。なんて究極のプロポーズ。オロチは私が死ぬまで、いや、死んでも離す気などないらしい。
目の前にある金色の目が光る。思えば私はこの目に、初めから囚われていたんだろう。
恋仲だけに留まらず、その先の未来まで約束されてしまったけれど。嫌だという気持ちは全く起きなかった。

「うん」と頷くのと同時に、2匹の龍が私の体を包む。オロチには頬を包まれて、ゆっくり顔が近づいた。

2度目のキスは、とても優しかった。


私とオロチの間にある、種族の壁。それは一生埋まることはない。でも、この気持ちに嘘をつくことはできないから。例え禁忌と言われても、私はオロチの傍で添い遂げよう。遠い未来、いつか『その時』が来るまで。

私はオロチに体を預ける。オロチも腕に力を込める。

今まで抱えてきた苦しみも、この愛おしさも、全部引っくるめて、これが恋をするということなのだと思った。