ねないこだれだ(3/3)

しばらく、沈黙が続いた。
遠くの方で鳴っていた行列の音も、もう聞こえない。

もう声は出していいのかな。少し身動ぎしてみる。はあ、というため息が横から吐き出された。


「全く、だから嫌なんだ」
「あの、キュウビ…あれは、何だったの?」


息を潜めていたからか、喉が張り付いてうまく声が出せない。キュウビはチラリとこちらを見ると、すぐに妖怪たちが消えていった道へと視線を移した。


「あれは百鬼夜行。妖怪たちの行進みたいなものさ」
「百鬼夜行…」
「そう。人間が不用意に遭遇すると死ぬことがある」
「え?!」
「…だから夜は出歩くなと言ったんだ」


曰く、キュウビは人間がこの百鬼夜行と不用意に鉢合わせしないように、警備をしていたらしい。本来はオロチの役目らしいが、たまたま今日は「押し付けられた」のだとか。


「オロチのやつ、次会ったときは油揚げを献上させてやる」


…だから、キュウビは不機嫌だったんだ。


「あの…キュウビ。ありがとう。あと、ごめんなさい」
「別に。これに懲りたら軽々しく外に出ないことだね。今日は結界を張ってあげたけど、次はないよ」


ぱちん、と指がならされて、私を囲っていた狐火が一瞬にして消えた。牢獄だと思っていたそれは、キュウビの結界だった。

キュウビは私を守ってくれたんだ。

へにゃへにゃとしゃがみこむ。
よかった。安心したら、腰が抜けた…かも。


「…ちょっと、何やってるの」
「あはは…なんか、腰抜けちゃって…」
「はあ。ほんと、君は手がかかるね」


そう言ったつかの間。ふわりと体が浮く。そしてそのまま私はキュウビの腕の中へ…

って、ちょっと?!


「きゅ、キュウビ…!?」
「大人しくしてなよ。仕方ないからボクが家まで送っていってあげる」
「え、で、でも…」
「その抜けた腰で家まで一人で帰れるの?また百鬼夜行と鉢合わせするかもしれないのに?」


ぐうの音も出ないとはこの事である。
いや、でも、この体勢はかなり恥ずかしい。お姫さま抱っこなんて…今までされたことないよ!


「あああの、でも、悪いよ…」
「君もなかなか強情だねェ。いっておくけど、ボクだってタダで君を送るわけではないよ」
「え?それって…?」
「しっかり報酬はいただくってことさ」


意地悪く目を細めるキュウビは、何だか楽しそうだ。さっきまで機嫌が悪かった癖に…。今は嫌な予感しかしない。

これは、再び身の危険かも…?!


「あの、私…食べても美味しくないよ?」
「さあ、どうだろう?食べてみないとわからないからねェ」


え、ほんとに私、ついに食べられちゃうの?!

ニヤニヤ笑いのキュウビの顔が、近づいてくる。抱えられたままだから逃げ道がない。

ああ、こんなことならケータの友達、借りてくれば良かった!


さよなら、私の世界!






ぺろり



「へ、?」
「ごちそうさま」


ヌメついた何かが、私の口元を横切っていった。呆気に取られて目を開ければ、舌なめずりをしているキュウビが目に入る。


あれ、もしかして、今、私…?!


「ちょ、キュウビ?!」
「さて、このどうしようもない人間を送り届けてあげようかねェ。ボク優しいから」


いやいや、全然優しくないよ!
そんな、人のく、くち!舐めておいて…!

パクパクと声にならない声を出そうと、必死にもがく。しかしそれも、キュウビの腕に押さえつけられてしまうのは当然で。


「こんな時間まで起きているのが悪いんだよ?…ねないこ、だあれ?」


私です。
すいませんでした。


機嫌の治ったキュウビの腕のなかにいながら思う。
もう夜に一人で出歩くのはやめよう。


そうでなければ、いつか本当に、私は食べられてしまうから。


ちなみにあのあと集中して勉強なんてできず、テストの結果は散々だったことを追記しておく。




※絵本「ねないこだれだ」が元ネタです