ねないこだれだ(2/3)

「ありがとうございました〜」


間延びしたヨロズマートの店員の声に、見送られながら、私は自動ドアをくぐった。
ちょっとイケナイことをしているように感じる夜の外出にも慣れ、揚々と帰り道を歩く。
お目当てのシャーペンの芯を買うことはできたし、何よりこっそり買ってしまったプリンを食べるのが楽しみだ。…ほんとはダイエット中だけど、テスト期間中だからお休みだということにする。楽しみだなー。


「おや、また君かい」


マフラーに顔を埋めるように歩いていると、後ろから声が聞こえた。
軽かった足が、途端に動かなくなる。怖い。その声の主は、何でいつも後ろからやって来るのだろう。


「七海はイケナイ子だねェ。こんな時間まで起きてるなんて」
「キュウビ…」


振り向いた先に、狐の影。それが少しずつ近づいて、ポッと一つ炎が浮かび上がる。それに照らされた顔が、ニヤリと笑った。コンビニの袋を握る手が、冷や汗をかいていた。


「ボクは何度も、夜は出歩くなと注意してきたけど、君はボクの忠告を聞く気がないのかな?」


頭の悪い子は嫌いだよ、と細い目をさらに細める。そして指先でいくつも狐火を生み出すと、それを私の方へと向けた。


「わ、わ、なに、」


私の周りを、狐火が囲う。ゆらゆらと揺れながらゆっくり廻って、私のところだけが赤く明るくなった。でも、不思議と熱くはない。


「きゅキュウビ?なに、これ…」
「さて、何だろうね?…ところで七海、何でこんな時間に外にいるんだい?今日はパン屋で働いていなかっただろう?」


妖しい笑いではぐらかされ、キュウビは答えをくれなかった。…あれ、それにしても何で私がバイト休みだって知っているんだろう。ふとわいた疑問をぶつけたくなったが、ぶつければきっと「質問を質問で返さないでくれない?」と怒られるだけである。口まででかかったものをぐっとこらえて、「ちょっと、どうしても、買い物しなくちゃいけなくて」と答えた。「ああ、そう」興味がないなら聞かないで欲しいと思う反応だった。


「まあ、別に理由なんて何でもいいけれど。せめてお供妖怪でもつけたらどうだい?」
「…そんな私事に付き合わせるなんて悪いから…」
「ボクとしては人の忠告を無視して襲われた奴の、事後処理をさせられるほうが嫌だけど」


ボッと、私の周りをゆらめく炎が大きくなった。炎の向こう側に、顔をしかめたキュウビが見える。

…もしかして、キュウビ、機嫌悪い?

キュウビがここまで私に辛く当たるのは初めてのことである。
ピリピリとした雰囲気が伝わってきて、今すぐにでも逃げ出したい。でもキュウビの狐火がそれを許してくれなかった。

これはまるで牢獄だ。
悪い子を捕まえるための、炎の牢獄。


怖い。

知らず知らずのうちに、私の足が震えだしていた。今までだって、キュウビはその怖さを出していたというのに。


「今更気づいても遅いよ」


キュウビの目が細くなる。
すっと指が私に向けられて、反射的に目を瞑った。その時だった。

ドン、シャン、シャン、ドン、 シャン…


鈴の音、太鼓の音。それから笛の音もする。それらはこちらに向かっているのか、徐々に音が大きくなってきた。


「もう来たのか」


チッ、という舌打ちがして、目を開ける。するとそこには顔をしかめたキュウビがいて、音がする方に目を向けていた。「オロチのやつ面倒くさいことを押し付けてくれたものだよ」。もう一度、舌打ち。


「あ、あの、キュウビ…」
「そこから動くんじゃないよ」


ピシャリ、とキュウビが私の言葉を遮る。その間にもドン、シャン、という音は近付いていて、ただ私は身を固めて、息を潜めるしかなかった。

ドン、シャン、ドン、シャン。


どんどん音が近くなる。しばらくすると道の向こうに見えた、「何か」。


「キュウビ、あれ…」
「死にたくなければ黙って見てな」


そりゃ死にたくないに決まってる!

私は慌てて口を閉じると、再び息を潜めた。ぼんやり光るその固まりは、音を発しながらゆっくり近づいてくる。そしてそれが姿を現すと、ようやく私にも、その正体がわかった。


(よ、妖怪の行列?!)


あ、という声が出そうになったが、寸でのところで飲み込んだ。ドン、シャン、という音は、妖怪たちが奏でるときに発せられた音なのだった。

ろくろ首に、のっぺら坊、から傘おばけ。私の知らない妖怪たちもいる。彼らは皆楽しそうに楽器を奏でながら、行列をなして歩き、時には踊っていた。
隣のキュウビを見れば、珍しくその行列に向かって頭を下げている。私の視線を感じたのか、一瞬こちらを見やったが、すぐに伏せられてしまった。

ゆっくりゆっくり、妖怪たちが進む。
私は狐火の影で、それを見送る。どのくらいそうしていただろう。長い長い妖怪たちの行列は私を通りすぎ、そして道の奥へと消えていったのだった。