バレンタインの話(2/2)

次、第二段階。さりげなくチョコを渡しやすい環境を作ってあげなければならない。

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「姉ちゃん、学校から帰ってきて疲れたでしょ?何か飲む?」

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景太は持っていた七海の鞄をソファの上に置くと、冷蔵庫へと向かった。グラスを取り出しながら、姉を見る。ちょうど、ソファに腰掛けたところだった。
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「あ、オレンジジュースあるよ。それとも紅茶とかのほうがいい?」
「じゃあオレンジジュース…って、ケータ、あんた何か企んでない?」*
「えっ!?な、なんのこと、かな〜?」


ば、ばれてる!?
じと目で見られ、冷や汗が出た。「ね、姉ちゃんいつも忙しいし、労わってあげたいなあと思って〜」と口から出た出まかせが、さらにこの行動の不自然さを際立たせていた。じーっとこちらを見てくる七海の視線が痛い。こんなときに限って、ウィスパーたちは黙っている。
景太は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出して注ぐと、慌てて七海のもとへと寄った。「はい、どうぞ!」半ば押し付けるように、グラスを渡す。思いのほか、彼女は素直に受け取った。


「ありがと。で、何を企んでるの?」
「え!?だ、だから〜別に企んでないって〜」


姉ちゃんってば鋭い。
視線を彷徨わせて、必死に追求から逃れようともがく。「素直に言ってみてはどうでうぃす?」タイミングがいいんだか悪いんだか、耳打ちしてくるウィスパー。それを見逃さないほど、七海は鈍くなかった。
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「ウィスパー?何か知ってるの?」
「うぃす!?え、えーと…」*
「もーオレッちが言うニャン!ケータは七海ちゃんからのチョコがほしいニャンよ!」
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ジバニャン――!!何で言っちゃうんだよ!
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「昨日も学校でフミちゃんたちに自分アピールしてたニャン〜」
「なるほどね」
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しかも余計なことまで!
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景太はジバニャンを睨んだが、当の本人はと言えば、既に七海の膝の上を独占していた。しかも顎の下まで撫でられている。この…ジバ野郎…!
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*ぎりぎり歯を食い縛っていると、ぱっと七海がこちらを向いた。「で、ケータはチョコがほしいの?」不意打ちだった。


「えっ!?」*
「だからチョコ。ほしいの?」
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ああ、こんなはずではなかったのに…。もっとこう、姉ちゃんから「ケータ!今日はバレンタインだからチョコ用意したよ!はいどうぞ!」って感じでもらいたかったのに…。と思ったところでどうにもならないので、景太は「うん…」と頷いた。「ケータくん、楽しみにしてたみたいでうぃすよ」と、ウィスパーが援護射撃をしてくれる。七海はジバニャンを撫でていた手を離すとおもむろに鞄を引き寄せた。「あ、あった」そして取り出したものは。


「ちょ、チョコボー!?」
「チョコボーニャン!七海ちゃん、オレっちにも!オレっちにもほしいニャン!」
「うん、いいよ。はい、ジバニャン」*
「にゃったー!ありがとニャンー!」
「ウィスパーにもあげるね」
「ありがとでうぃっす〜」
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七海からチョコボーを受け取ったジバニャンが、すぐにパッケージを開けて食べ始める。ウィスパーもありがたく受け取ると、大事そうに抱えた。景太といえば、チョコボーを手にしたまま固まっている。
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え、ちょっと待って。チョコボー?いつも食べてるチョコボー?バレンタインになのに!?
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「ね、姉ちゃん?」*
「ん?なに?」*
「な、何でチョコボー…その紙袋は!?」
「あ、これ?」
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「はー良かった良かった大義であった」と言わんばかりの七海が、景太の指差した紙袋を持ち上げた。おしゃれなそれは、明らかに自分宛のチョコが入っていると思っていたのに。
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「これね、友達からもらったんだよ。すごいっしょ」
*「え!?これ全部!?」
「そうだよ〜姉ちゃんモッテモテ」
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紙袋の中を見せてもらえば、いくつあるんだと思うほどのお菓子の数々。しかもほとんどが手作り。ご丁寧に「七海へ!いつもありがとー!」というメッセージカードまで添えられているものまである。
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な、なぜこんなに…!?
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「今は友チョコっていってね、友達同士でチョコを交換し合うのが流行ってるんだよ」
「友チョコ?」
「そう。友チョコ。でも私はバイトで忙しかったからさ、作らなかったんだよね。でもこんなにもらっちゃった。モッテモテ!」
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そんな、「モッテモテ」なんて二度も言わなくてもいいじゃないか…。
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心に大きな傷を負い、景太はその場で膝を抱えた。どうせ、どうせ俺なんて…。
姉ちゃんにまでチョコもらえない非モテ男だよーー!!!
あ、いけない涙まで出てきた。
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「ちょっと、ケータ?そんなに落ち込まなくても…」
「だって、姉ちゃん、去年チョコくれたし…今年も絶対くれると思ったのに…」

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よりによってチョコボー。しかも鞄にあったからってだけ。
泣きたくなるのも当然である。今日この日を、景太は何よりも楽しみにしていたのだ。好きな人からのチョコを楽しみにして、何が悪い?
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「もういい…俺、誰も信じない…」
「そんな、大げさな」

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「オレっちはチョコボーもらえたから満足ニャン〜」「私も、もらえただけで嬉しいでうぃっす」口々にウィスパーたちは言うけれど、姉ちゃん、去年はブラウニー作ってくれたんだよ?それなのに今年のこの落差…。がっかりするのも当然である。


「ケータ、楽しみにしてたのならごめんって。バイトがあって用意できなかったの」
「うん、もういいよ。姉ちゃん忙しいのわかってるし」


「どうせ俺は非モテ男子だし」口から出るのは、そんな拗ねた恨み節ばかりだった。姉ちゃんからの(ちゃんとした)チョコ、欲しかった…。七海はそんな景太に苦笑すると、「じゃあさ、」と口を開いた。
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「明後日の日曜日、私バイト休みなんだよ。パフェ奢ってあげる」
「え!ほんと?」
「うん、一緒に遊びに行こう」
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…だから姉ちゃん大好きなんだ!
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景太はどん底にいた気分が、天に向かって舞い上がるのを感じた。久しぶりに姉ちゃんと出かけることができる。しかも、パフェも食べることができる!
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「絶対絶対約束だよ!日曜日ね!俺楽しみにしてるからね!」*
「はいはい。わかったよ。私も楽しみにしてるから」

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ぽん、と頭に手がおかれた。その手つきが優しくて、景太は勢いよく七海に抱きついた。膝の上のジバニャンが「つ、つぶれるニャン!」と抗議したが、気にしない。だってこんなに嬉しいのに、ハグしないわけがないでしょう!


「やったー!姉ちゃんとパフェ!パーフェー!」
「良かったですねえ、ケータくん」*
「さっきまで拗ねてたのがウソみたいニャン」
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バレンタインチョコはただのチョコボーだったけれど、姉ちゃんを一日独占できるなら、それでいいや。景太はそう思いなおすと、もう一度七海にぐりぐりと頭を押し付けた。すん、と息を吸えば、少しだけ甘い匂いがする。
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早く日曜日にならないかなあ。

もうすぐやってくる週末に、景太は想いを馳せて、肩口に埋めた顔を、もう一度ぐりぐり擦り付けたのだった。