モテヌスとお姉ちゃん(2/2)

告白を受けた次の日、七海は疲労を覚えながらも、アッカンベーカリーへと向かっていた。学校ではわらわらと男の子達に追い回され、すっかりへとへとになっていたのが、バイトは休めないからである。
こうなった原因はわかっていた。景太の友達であるモテマクールの仕業だ。いや、正しくは取り憑かれていないのだけれど、何故か影響を全身に受けている。


「いた!天野さーん!」
「わ、見つかった…!」


正直に言おう。モテたいと思ったことは確かにある。あるけれど!


「待って天野さんー!好きだー!」
「ご、ご、ごめんなさい!」


こんなの全く嬉しくない。仮染めのモテ期などいらぬのじゃあああ!と心の中で叫びながら、七海は脱兎のごとく逃げ出したのだった。
しかし、そこは男と女の差。あっという間に追い付かれてしまう。回り込まれて、仕方なく七海は止まった。ああ、本当に困った。


「あの、天野さん、俺、君のことが好きなんだ!」
「はあ…あの、どうも、」
「だから俺と付き合って!」


もう何度この台詞を聞いただろう。自然と眉間に皺が寄るのを感じながら、七海は「ごめんなさい」と謝るしかない。だって好きでもなんでもない人と付き合えるわけがないのだから。


「何で?好きな人でもいるの?」
「いや、そうではなく…」
「ならいいじゃないか!」


おまけにしつこい。10点減点である。走って疲れたせいもあり、七海はだんだんとイライラしてきた。

何でこんな目にあわなきゃならないんだ!

そんな台詞が喉元まで上がってきたときだ。目の前の男子が何故かがくっと力尽きた。何事かと慌てて近寄って覗きこむ。すると、彼はぱちぱちと瞬きをしたあと、「あれ?」と首をかしげた。


「天野さん?何でここに?」
「え?そっちが私を追いかけてきたんだよ?」
「は?何で?別に用ないのに」
「え?」


俺忙しいのに、と何故か苛立たし気に吐き捨て、立ち上がる。見下ろされた目は、先程までの色めきはなかった。


「ああ、全く何で天野さんなんか追いかけてきたんだろ。じゃ、俺帰るから」
「あ、うん…」


呆然とその背中を見送ったあと、沸々とわいてきたのは怒りだった。

何なんだその態度は!

確かに七海は困っていた。それはもう、テストでとてもお母さんには見せられない点数を取ったときくらいに困っていた。仮染めのモテ期などいらぬのじゃあああ!と心の中で叫んだくらい困っていました。
でも、「天野さんなんか」って何!「なんか」って何!まるで手のひらを返したような態度は、さすがの七海でも腹立たしい。
追いかけて説教でもしてやろうかと思ったが、バイトへ向かう途中だったことを思いだす。

悔しいけど、今の出来事は忘れるしかない。

バイトで一生懸命仕事をすればこの苛立ちも少しは収まるだろう。そう思い、慌ててアッカンベーカリーへと向かったのだった。


しかしその後のアッカンベーカリーでは散々だった。何故かお客さんが、七海のレジを嫌がるのである。しかも男性限定で。これ何の苛めなの?と本気で悩んだのだが、結局1日そのまま。
明らかに様子がおかしいと気づいた店長が、気を使って明日のバイトは休みにしてくれたのは良かったのだが…とにかく腑に落ちない。
いつも通りに仕事をしていて、急にモテなくなる…いや、むしろ嫌われるなんて初めてだ。

いつももらっているパンももらわずに、のそのそと家に帰る。ただいまの挨拶もそこそこに、部屋に閉じこもった。もう誰も信じられない。ベッドに寝転がり、天井を睨む。そこでふと、違和感に気づいた。


何かいる。
今まで気付かなかったが、近くに何かいる。

よーく目を凝らしてみる。すると、ぼんやりそれが姿を現した。


「あ、あ!ごごごごめんなさい見付かっちゃった!」
「…誰、あなた」


青い体をした彼は、モテマクールと瓜二つ。いわゆる色違いであるが、その態度はモテマクールと全く違う。何だか自信なさげだ。

なるほど、こいつの仕業かと、ぎろりと睨む。ひっと声をあがった。


「あああの、僕、モテヌス…よ、妖怪です」
「うん、それはわかってる。何で私に取り憑いているの?」
「あの、えっと、その、ケータくんに、頼まれて…」
「何だって?」


その名前を聞いた瞬間、七海の頭の中で全てが繋がったように感じた。ばっと立ち上がって、部屋を出る。「まま待ってください〜!」と追いすがるモテヌスを無視してそのまま進んだ。目指すは景太の部屋だ。



一方、景太は上機嫌だった。フンフン、と鼻唄を歌いながら、珍しくジバニャンの頭を撫でている。「ケータ、気持ち悪いニャン」と言われても何のその。「痒いとこある?」と美容師ばりのサービスだ。


「ケータくん、良かったんですか?お姉さんに怒られません?」
「いいんだよお!姉ちゃんも困ってたし、それに何より俺が安心だからね!」


モテヌスのおかげで、大好きな姉を不貞な輩から守ることができたのだ。これで独り占めできると思うと、ジバニャンを愛でまくりたくなるくらい気分がいい。嫌な予感を感じ取ったウィスパーは、「私知りませんよ…」と力なく言った。


「だーいじょうぶだよ!姉ちゃん俺には優しいから!」
「何が大丈夫で誰が誰に優しいって?」
「えっ」
「あ、七海ちゃんニャン」


地を這うような声が聞こえ、景太たちは振りかえった。
いつのまにか部屋の扉が開いており、そこには顔をうつむかせた七海が立っているではないか。その後ろには、「ごめんなさい!」のポーズのモテヌス。瞬時に悟った景太は「ね、姉ちゃん帰ってきてたんだね!」となるべく可愛らしく聞こえる声で言ってみた。しかし、いつもの作戦は何の役にもたたない。


「景太…どういうことかちゃんと、説明してくれるよね…?」
「…は、はい」


結局、景太は大好きな姉からこってり絞られることになったのだった。