さてどちらが好みか(2/2)
その日、私はアッカンベーカリーでの早番を終えた後、さざなみ公園で待ち合わせをしていた。今日は久しぶりに弟・景太と映画を観る約束をしているのだ。
そんな弟はというと、今日はフミちゃんたちとおおもり山で写生をしてから来るらしい。
そろそろ待ち合わせ時間なのだけど…。
携帯の時計をチェックして、辺りを見回す。
すると、遠目からでもわかる奇妙な、いつもの組み合わせを発見した。横には、見たことがない妖怪もいる。新しい友達だろうか。首を傾げながら手を振る。景太はぱっと顔を輝かせると、猛ダッシュで走りよってきた。
「姉ちゃん!」
「おわっと…」
トップスピードのまま抱きつかれる。抱き止めるのにも一苦労だ。この子の姉離れはいつになるのか、と内心苦笑してしまう。まあ、甘やかしている私にも十分責任はあるのだけど。
グリグリと頭を擦り付けられたので、私はその頭を撫でる。「ケータ、写生はどうだった?」フミちゃんたちと楽しく過ごせただろうか。
「うん、ばっちりだよ!すごく楽しかったし!」
「そう、良かったね」
にっこり笑顔の景太を見下ろして、私もにこりと、返した。
「ケータ、七海ちゃんの前だと人が変わるニャン…」「まあ、いつものことじゃあありませんか」と、ジバニャンとウィスパーがため息をついたのは、聞かなかったことにしたい。
そこでふと視線を感じて、私は顔をあげた。
その視線を辿れば、初めてお目にかかる青い妖怪に行き当たる。パタパタと翼を動かしながら本を読んでいるようだ。その本の影から、チラチラとこちらを見ており、視線が絡むとばっと顔を本に隠されてしまう。あれ、人見知りなのかな?
「ケータ、新しい友達?」
「うん!さっき友達になったんだ。ネクラマテングって言うんだよ。その名の通り根暗なんだ」
自慢げに景太は胸を張るが、根暗を自慢するってどうなんだろう…。
再度視線があい、そらされる。確かに根暗かもしれない。
…でもよく見ると、なかなか可愛いのではないだろうか。あの拗ねたような嘴がなんとも言えない。うん、かわいい。これ絶対かわいい。
未だに抱きつく景太を私はべりっと剥がした。ぶーぶー文句を言っているが、聞かないことにする。
それからネクラマテングに近づくと、一生懸命本を読むふりをしている上から覗きこんでみた。
びくっと肩が揺れたが、私は彼に危害を与える気は全くない。なるべく怖がらせないように、「私は姉の七海。よろしくね」と話しかければ、ネクラマテングの頬がぽっと赤くなったのが見えた。
やっぱりかわいいじゃん!
「ど、どうも…」
「ちょっと、ネクラマテング…」
「くらっ!暗すぎですよあーた!七海さんはケータくんのお姉さんなんですから、挨拶くらいしっかりされたらどうなんですか!」
しかしネクラマテングの態度に、先に怒り出したのはなぜかウィスパーだった。景太も何かを言おうとしたが、不発に終わる。あらかた「俺の姉ちゃん〜」みたいなことを言おうとしたのだろう。全くもってシスコンの王道をいく弟である。
何かの腹いせなのか、ウィスパーはここぞとばかりに文句を言っている。ネクラマテングはますます顔を隠し、「どうせ僕なんて…女の子と喋る資格なんてないんだ…」と、影を背負っていた。これではますます根暗になるばかりだ。せっかくかわいいのに…とこっそり心の中で思ったときだった。
突風が起こった。
「わあ!」
「うぃす?!」
「わっ?!」
それはとても強い風だった。たたらを踏む景太を慌てて支える。空いた片手では、スカートを押さえた。危ない、見えるところだった。
乱れた髪を撫で付けて、辺りを見回せば、近くにあったテーブル席のパラソルは、空高く飛んでいた。これでは周りの人が危ない。
景太ははっとした様子を見せると、焦ったように「姉ちゃん!」と叫んだ。
「大丈夫?!スカート平気?!捲れてない?!」
「う、うん、大丈夫だよ」
おい、そっちの心配かよ。
思わず口元がひきつる。しかし相変わらずの景太は「良かった〜!こんな場所で姉ちゃんのスカート捲れたら大変だよ!見たやついたら殴る!」と宣っていた。「一体何の心配をしてるニャン…」ジバニャンのいうとおりである。私もそう思うよ、本当に。
思わず突っ込んだジバニャンを無視して、「これって妖怪の仕業じゃない?!」と景太はウィスパーに詰め寄った。しかし、ウィスパーは「えー?」と気の抜けた返事をするだけだ。
「ねえ、姉ちゃんもそう思うでしょ?」
今度は矛先を私にかえ、景太がこちらが見上げてきた。ただの突風なような気もするし、確かに人的…いや、妖怪的な勢いの風であったような気もする。
「ククク」
そこに聞こえてきたのは、押し殺したような笑い声だった。
思わず景太と目を合わす。「やっぱり何かいる!」と妖怪ウォッチのスイッチを入れ、光をかざした場所に現れたのは。
「あ、天狗だ!」
赤く長い鼻が特徴的な、かの有名な妖怪であった。
「うっわスッゲー!本物の天狗だ!」
「本当に天狗っていたんだねえ」
思わずほう、と息が漏れた。今までたくさんの妖怪に出会っては来たけれど、天狗ほど「the妖怪」といった妖怪には会ったことがない。本を開けばすぐ出てくるようなその有名さに、私のミーハー心が擽られる。まるで芸能人に会ったような気分だ。しかもかわいい。天狗かわいいじゃん!
「ね、景太!天狗かわいくない?!私の想像のなかの天狗と全然違ったよ!」
「え、そうかなあ…でも確かに厳めしい顔はしてないよね」
「だよねー!」
ネクラマテングもかわいいけれど、本物の天狗はさらに私のツボを射抜いていた。あのふわふわした髪の毛、触ってみたい。ぜひ景太と友達になってほしい。
しかし景太にその気はないようだ。何かを思い出したようにカッと目を開くと、隣のウィスパーに再び詰め寄った。
「ねえ、ウィスパー!天狗と友達なんでしょ?なら言ってきてよ、あんまり風を起こすと危ないって!おかげで姉ちゃんのスカート捲れそうになったんだから!」
ウィスパーって天狗と友達だったのか。
それなら景太とわざわざ友達になる心配もない…が、それよりも景太の怒り出した理由に私は慌てて口を塞いだ。ちょっと!こんな大勢の前で勘弁して!
「ケータ!そんな大声でスカート捲れるとか言わないでよ…!」
「もがっ…だってこれ、一大事だよ?!黙ってられるわけないじゃん!」
姉ちゃんのパンツ見られたらどうすんの!俺怒るよ!
景太はぷんすか怒る。
そこか。お前の基準はそこなのか。というかパンツとか言うのほんとやめてほしい。思わず脱力してしまが、景太は本気だ。
あまりの勢いに負けたらしく、ウィスパーはここで待つようにと告げて天狗のもとへ行く。そしてものすごい勢いで怒りだすのが見えた。
わあ、珍しい。何を言っているのかは遠くて聞こえないが、時にはウィスパーも役に立つんだなあとぼんやり思う。
しかし、「いってみるニャン!」というジバニャンの言葉に近寄ってみれば。
「何て素敵なうちわなのでしょう!全く素晴らしいです!そしてこの主張の強いお鼻!ふあーとした髪型も、かっこいいでございますよ!」
誉めキレだった。ただ怒りながら誉めているだけであった。
「だから何なのだ。誰なのだ貴様は」
しかも友達でもないらしい。
天狗もうっとおしそうにイライラしている。あ、これはまずいかも。
「素晴らしい下駄の高さ!転ばないバランス感覚さいこー!」
「うるさーい!」
案の定、ウィスパーは天狗の団扇によって飛ばされるはめになった。自業自得である。もうなんとフォローしたらいいかもわからない。
私たちはその場に立ち竦む。そこで、ふと天狗がこちらに気付いた。
「あ?貴様らも奴の友達か?」
とにかく機嫌が悪そうだ。触らぬ神に祟りなしと言うもので、私たちは「ううん」「全然!」と首を振る。
自業自得な白い執事など、私たちは全く知らん。
「フン。それならいいが…ん?」
どうかこのまま天狗が怒ることないように、と思っていると、なぜか目があった。いや目の部分は隠れているから正しくは目があったように感じた…なのだけど。
じーっという視線を感じて、景太が私の前に出る。「あの、何か用事?」と聞けば天狗はふわりと屋根から降りてきた。地面に着地した際に、からんと下駄の音が響いた。
「そこの娘、貴様、七海という名か?」
「え!ああ、はい…そうです、けど」
「天狗、姉ちゃんのこと知ってるの?」
まさか名前を知られているとは思わず、驚きでどもってしまう。天狗は「ああ、」と頷くと、パタパタと団扇を扇いだ。
「我ら妖怪が見える女子がいる、と風の噂で聞いたのだ」
「噂…?」
「いまや七海さんはケータくんに次いで有名ですからねえ〜もう妖怪たちにモッテモテ!」
いつの間にやら復活したウィスパーが自慢げに胸を張る。しかし天狗の一睨みを受けて、私の後ろに隠れることになった。全く、調子に乗るからいけないんだよ。それにしても妖怪に噂されるって…何だか複雑だ。
天狗は私の周りをふわふわした浮遊すると、「なるほどな」と呟いた。何がなるほどなのかわからない私は、ただ固まって待つしかない。品定めされている気分だ。
そんな天狗に痺れを切らしたのは、景太だった。
「天狗!姉ちゃんに何かあるの?」
「別にない。噂に聞いた通り普通の娘だと思っただけなのだ」
「あ、そう…」
確かに私は、普通の女子だけれども。そこまでバッサリ言われるとさすがに凹む。がくっと肩を落とした私に、天狗はクククと笑った。
「だが噂どおり我々好みの匂いがするのだ。悪戯したくなる」
そう言った瞬間。バサッと団扇が扇がれて、強風が巻き起こった。しかも下から巻き上がってくる!
「きゃっ!」
「おいらはどっちかっていうと黒が好みなんだけどな」
はっと気づいてスカートを押さえたときにはもう遅い。風は止み、目の前にいたはずの天狗は姿を消していた。
「…」
その場にいた誰一人、妖怪一匹すら喋らなかった。その空気が逆にいたたまれない。しかし、やはり先に動いたのは、
「…天狗ううう!許さん!俺は許さんぞ!
姉ちゃんのスカート捲ったあげくパンツの色まで指定するとはどういう了見だーー!!」
「ちょっ…!もうケータ勘弁してよ…!!」
烈火のごとく怒る景太であった。
「これが黙っていられるかああ!ネクラマテング!同じ天狗でしょ?!あいつぶっとばしてきて!」
「…ど、どうせ僕なんか勝てやしないよ…」
「ネクラマテングは姉ちゃんのパンツ見られたままでいいの?!悔しくないの?!」
「そ、それは…」
「行け!ネクラマテング!」
「は、はい〜!!」
「天狗初めて見た!」と興奮していた彼はどこへいったのか。
燃え盛る炎を背負って、景太は天狗が消えたと思われる方角を指差す。勢いに負けたネクラマテングは、読んでいた本も閉じて慌てて空へと飛び立った。
「姉ちゃん!しばらくスカートはいちゃだめたからね!」
「ああ…うん」
もうどうでもいいや。
息巻く景太をよそに、私とジバニャン、ウィスパーはため息をつく。
そして悪戯好きな天狗とは友達にはなりたくないな、と強く思ったのだった。