重なる手のひら(2/2)

多くの人で賑わうさくらEXツリーの入口で、私はわずかにソワソワした気持ちでキュウビを待っていた。
だって、成り行き(?)とは言え、これは「デート」と言われてしまったのだから、意識しないわけがない。
普段あまりしない化粧までしちゃったよ!
変じゃないといいんだけど…。

キュウビはどんな姿で来るのだろう。妖怪のままか、それとも化けてくるのか。そういえば、私はキュウビが人間に化けているのを見たことがなかった。
…どちらにせよ、緊張するのだけど。

腕時計に目を落とす。待ち合わせ時間の5分前だ。そろそろ姿が見えるかもしれない。

辺りを見回せば、目の前を、風船を持った男の子が駆けていった。ああ、駅の近くで配っていたやつかなあ。


「七海」


ぼんやりしていた私に、ぽん、と肩に手がおかれた。思えばキュウビがやって来るのはいつも私の後ろからだ。それって妖怪だから?

振り返った先には、いつもの狐姿はなく。代わりに、にこりと笑う男性の姿が。…キュウビ、だよね?


「ごめんね。待った?」
「あ、ううん…。えと、キュウビ?」
「ん、そうだよ?この姿で会うのは初めてだっけ?」
「うん…吃驚した」


キュウビは大人の男性の姿をしていた。白いスーツに、長い髪の毛を後ろで縛っている。赤い眼鏡の奥の目は、切れ長で…いわゆるイケメンだ。一方私は多少化粧しているものの、明らかに女子高生というのがまるわかり…あれ、これってまずいのでは?!


「さて、行こうか」
「あ、ちょ、ま…」
「早くしないと入れなくなるよ」


実にスマートに手を取られて、さくらEXツリーの中へと入っていく。ひんやりするキュウビの手にどぎまぎしながら、半歩後ろで足を動かした。

ぐいぐい、キュウビは先を進んでいく。
時々ぶつかりそうになる人をかわしながら、まるで本当のデートのように。

ふと、先ほど追い越された男の子と偶然目があった。その透き通った目に私の動揺を見透かされような気がして、思わず顔を俯かせたのだった。


「へェ。結構高いね」
「そ、うだね」


さて、案の定と言えばいいのか、私はキュウビの隣を歩きながら、ガチガチに緊張していた。何せ相手はキュウビなのである。しかもイケメン男性に化けているので、余計に意識をしてしまうというかなんというか。
手も繋がったままだし、ツリーの中は人でごった返しているから、自然と距離も近くなるし。あああ恥ずかしい!


「ほら、見て、七海。あそこがおおもり山」
「え?!…あ、本当だ」


ようやく展望デッキの窓側にたどり着き、キュウビがその先を指差す。緊張で別のことを考えていた私はまた声が裏返ってしまった。慌てて外を見るも、キュウビからの視線が痛い。「もしかして、緊張してる?」バレてる!


「そ、そんなことは…」
「ふぅん?その割りに顔赤いけど」
「え?!」


ばっと頬に手を当てて、熱を確認する。確かに熱い、かも。


「ククク。キミも可愛いところあるねェ」


「ボクのために化粧もしてきたみたいだし?」からかい口調で頭を撫でられ、ますます顔が熱くなった。これが妖怪の姿のキュウビであれば、おそらく恐怖6割ドキドキ4割なんだろうけど、今日は逆。目の前のキュウビがかっこいいお兄さんの姿をしているからだ。女子高生はイケメンに弱いのである。これ、万国共通。

端から見れば、私たちは「普通の恋人同士」に見えるだろう。そう思うと、ますますキュウビを意識してしまう。私の頭を撫で終えたキュウビは、再び視線を窓の外へと移していた。その横顔を盗み見れば、その表情はとても穏やかで。こんな顔もできるんだなあと思った。



「あれ!先生?!」
「…おや、こんにちは」


キュウビから視線を外して再び外を見ていると、後ろから声がかかった。振り向けば、小学生らしき少年・少女がこちらを見上げていた。年は景太より少し下くらいだろうか。

そんな子どもたちに気付いたキュウビが、にこりと笑う。あれ、ちょっと待って。キュウビが先生ってどういうこと?!


「こんなところで会うなんて奇遇だね。遊びに来たのかい?」
「うん!先生こそ、何やってんの?でーと?」


しかし、目を白黒させている私にはお構いなしに、キュウビはにこにこ笑って子どもたちの頭を撫でる。
少年は、私に目を移してニヤニヤしていた。「手繋いでるー!」「先生のかのじょー?」ちょ、そこの少女たち勘弁して…!

恥ずかしくなった私は慌てて手を引っ込めようとしたが、逆にぎゅっと握り込められてしまった。見上げれば、ニヤリと笑うキュウビの顔。あ、何か嫌な予感。


「そうなんだ。だから邪魔しないでよ?」
「ちょ…!」


握られていた手を引っ張られ、肩に手を回される。ぐっと近くなった距離に、「きゃー!」と少年たちが騒いだ。きゃー!私も叫びたい。


「ここからは大人の時間だからね。さ、行った行った」
「はあい!先生頑張ってね〜」
「彼女さんもばいばーい」
「ば、ばいばーい…」


肩を抱かれたまま、去っていく子どもたちに手を振る。頑張るって何を、だ。

子どもたちが人混みに消えたところで、ようやくキュウビは腕を退かしてくれた。けれど同時に聞こえてきたのは、クスクスという笑い声。ばっと見上げて睨み付ける。もう!余計なことを言ってー!


「フフフ。楽しいねェ」
「キュウビ!あんな勘違いされるようなこと言わないでよ…」
「いいじゃないか、勘違いされても。これはデートなのだし、ね?」


ね?じゃ、なああーい!

しかし私の抗議も虚しく、キュウビは機嫌よくまた私の手を引き先へと進む。「お土産でも買うかい?」と、私のことなんてお構いなしだ。
それでも、人にぶつかりそうになればさりげなく庇ってくれたり、私を見下ろす目がことのほか優しいから。


「あの着ぐるみ、あまりいい趣味とは言えないね」
「…そうかな?結構かわいいと思うけど…」
「かわいい?あれが?」
「うん、さくらの形しててかわいい」
「ふうん。よくわからないけど、ボクは今日のキミのほうがかわいいと思うけどねェ」


「ほら、さくら色」と私の頬をつつくキュウビを軽く睨みながらも、私の口元は笑ってる。
いつの間にか緊張はほぐれて、少しずつ楽しくなってきた。



突然私の前に現れたり、怖いことを言ってみたり。さっきは先生と呼ばれていたし、よくわからないキュウビだけど。


「おいで、七海。少し休憩しよう」
「うん」


今日は、本当に私の彼氏みたいだ。

そんな恥ずかしいこと、絶対キュウビには言わないけど!

繋がれたキュウビとの手を握り返してみる。キュウビの口角が、少しあがった気がした。