赤い糸
(注!)暗い・ヤンデレ風味。
私は比較的現実的な女子高生なので、赤い糸だとか運命だなんて、憧れはするものの、信じていない部分が多かった。実際今も私の中での考えは変わっていないのだが、一つだけ気になっていることがある。私の小指に巻かれている糸のことだ。それはいつ巻かれたかのか、果たして誰が巻いたのか、私にはわからない。
糸に巻かれているような違和感もなければ、他の人にも見えないので、時々それが小指にあることすら忘れてしまうくらいだった。翳してみれば、きらきらと光るその糸。これは何を意味しているのだろう。
「なあに、七海。そんなに手を見つめてどうしたの?」
「あ、女郎蜘蛛…」
私があまりに熱心に手(正しくは小指)を見つめていたからか、遊びに来ていた女郎蜘蛛が首をかしげながら問うてきた。
「ううん、何でも…少し手荒れがするなあと思って」
この糸は妖怪からも見えないから、きっと女郎蜘蛛にも見えないだろう。そう思ったから首を振ったのだが。
そう言えばこの糸は、女郎蜘蛛と出会ってから巻かれていたことにふと気づく。ただの偶然かもしれないが、今この瞬間、なぜか頭の中で引っ掛かった。
言うなれば一抹の不安のような、そんな感じ。でもまさか、女郎蜘蛛は確かに蜘蛛の妖怪だけれど、糸をひとの子の指に結びつけたりしないだろう。むしろ巻いて何の意味があるのか。きっと私の気のせいだ。
「そう?気になるなら私に言いなさいよ。手荒れ用の薬、作ってあげるから」
「あはは。ありがとう。じゃあお願いしようかな」
「ええ、任せてちょうだい」
ぱちんとウィンクひとつして、女郎蜘蛛が私の手をとる。女性的な仕草が似合う彼だが、その手は意外に大きくて男らしい。
さすがに急に手を取られると吃驚してしまい、私は反射的に引っ込めようとしたが、「手の具合、ちょっと見せてもらうわよ」という有無を言わせぬ言葉に大人しくせざるを得なかった。普段意識していないだけ、こういう突然のスキンシップにドキドキしてしまう。ただそれは私だけで、きっと彼は微塵にもそんなことを思っていない。その証拠に、女郎蜘蛛はまじまじと私の肌を観察して、眉間には皺を寄せていた。
「ん〜まあ、そんなに思ったほど酷くないわね」
「うん、乾燥するかな?って感じくらいだから…」
「そうねえ」
再び女郎蜘蛛が私の手を見る。その時、ふと彼の手が、小指の糸に触れた。本当に一瞬だけ。確かめるように撫でられたその熱に、ぞわりと鳥肌がたつ。頭のてっぺんから足の先まで、私の中を何かが走った。一抹の不安が広がっていくのを感じて、彼と触れている手が震えそうになる。しかしそんな私をよそに、女郎蜘蛛はぱっと手を離すと、「これなら私の薬ですぐよくなるわ」とにっこり笑ったのだった。
「あ…本当。それなら、良かった…」
「ええ、任せて。それじゃ、これから早速作って来るから。いい子にして待ってるのよ」
女郎蜘蛛は私の頭をぽんぽんと撫でると、部屋の隅で眠っていたうんがい鏡を起こし、土蜘蛛の屋敷へと帰っていった。その後ろ姿を見送って、息の仕方を忘れていたかのように、思いっきり息を吐き出す。
「……、」
体に力が入らなかった。心臓がドキドキと大きく脈打っている。鳴り止まない。うるさくて耳を塞ぎたくなるくらいだ。
もう一度手を翳してみる。糸は変わりなく小指に巻かれていた。
何の証拠もない。ただの私の勘だけれど、これを巻いたのは、やっぱり。
───女郎蜘蛛?
勘違いであればいい。この糸の意味をわかるわけもないし、それこそ巻いたのが女郎蜘蛛だという確証もないけれど。
いや、それとももっとよく見れば、この糸は赤い色をしているのかもしれなかった。そう、例えば、運命の赤い糸のように。
──怖い。
けれど沸き上がってきたそれは、私が初めて彼に抱いた感情だった。
──もし、本当に私の知らないところで、私の許可なく糸が巻かれていたとしたら。
翳した小指の糸が、ぎらりと光っていた。
女郎蜘蛛が戻ってくるまでに、この糸を解くことができるだろうか。
しかし、かりかり、と反対の指で引っかけてみても、とても強固なそれは私の爪の間を滑るだけだった。