はじまりのエンドロール
「私はスカイシャリマンだ。よろしく頼む」
そう言って差し出してきた手を握り、軽く握手をしたのが私と彼の初めての対面である。今までこんなに丁寧に、かつ真面目に挨拶されたことはなかったので、正直妙な気分になった。妖怪にも、こういう性格の人(妖怪)がいるんだなあって。
握手が終わると、スカイシャリマンは隣にいた景太に目を向けた。「これからは私も君のお姉さんの安全を守ろう」なんというヒーロー感。真面目だ。真面目すぎて吃驚する。ボディースーツと思われる服の上からでもわかるほどの筋肉は逞しく、確かにこんな妖怪なら、どんな危険からも守ってもらえることができそうだなあと思った。
このときシスコン気味な弟は、相変わらずのクオリティで「姉ちゃんは俺が守るから別にいいよ!」みたいなことをいっていたような気がするけれど、ただただその真面目さに驚いていたので、あまり記憶に残っていない。
そう、これが、私とスカイシャリマンの最初。取り立てて目立ったことない、普通の「ハジメマシテ」。
その後も特に私と彼の距離感は変わることなく、ヒーローである彼の仕事上、時々助けてもらっては、お礼をする程度に留まっていた。
けれど、今は。
「私と交際をしてくれないか」
「…はい?」
突然スカイシャリマンがやって来たと思ったら、開口一番がそれだった。思わず間抜けな声が出る。こうさい。交際。交際ですか?
「交際とは、男女が付き合うことだ。そこには恋愛的感情が含まれる」
「い、いやそれはわかっておりますけれども」
「それなら話が早いな」
それは本当に話が早いのだろうか。少なくとも、私の頭はこの展開についていくことができていない。私は今、スカイシャリマンに交際を──つまるところ、恋人になってほしいと申し込まれている。なぜだ。私は彼と、そこまで親しい間柄ではなかったはずだ。無理にでも表すなら、保護者と被保護者。ヒーローとそこらへんの一般人。その程度だろう。
「ええっと、スカイシャリマン。その、失礼だったら申し訳ないんだけど、具合が悪いとか、そういうことは…」
「?いたって健康だが。私の心配をしてくれるのか」
「ま、まあ。そりゃあねえ」
「さすが、優しい子だな」
ふっとスカイシャリマンが小さく笑う。あれ、なにこの雰囲気。私と彼との間に、こんな甘いようなくすぐったいような空気感なんて醸し出したことないのに。今はまるで、それこそ付き合いだす直前の男女ような雰囲気だった。
「それで、どうだろうか。私と交際をしてもらえないだろうか」
「ええっと…何て言うか、その、ですね…」
「む。なんだ?」
「そもそも私は人間だし、スカイシャリマンは妖怪でしょ?それってどうなのかなって」
「ああ、そのことなら問題ない」
スカイシャリマンはごそごそとマントの部分を弄ると、ぺらりと紙を取り出した。「様々なパターンを検証した。私がキミと交際をした場合に生じる障害を全て書き出してみたんだ。それに対する対応策も記載してある」開いた口が塞がらなかった。差し出された数枚の紙を見れば、びっしりと文字が書かれているではないか。
曰く、「人間と妖怪の種族差について」。曰く、「人間と妖怪の間に成す子について」。曰く、「七海が他の妖怪に襲われた場合について」などなど…。
「真面目かっ!」
盛大に突っ込まざるを得なかった。これは一種のレポートである。女性に告白するにあたり、普通はここまでまとめてこないだろう。
しかしスカイシャリマンはなぜか少し恥ずかしそうにしながらも、はにかんでいた。「人間の女性と交際しようとしているんだ。これくらいは当然だろう」しかもどこか誇らしげだ。
「あ、あの、スカイシャリマン?そんなに堅苦しく考えなくてもいいんじゃない?」
「いや。ヒーロー足るもの、潰せる悪は先に潰しておかねばならない」
「…ははは…ヒーローの鏡ですね…」
私の乾いた笑いが、その場に虚しく響いた。
「スカイシャリマン。私、スカイシャリマンが私のことを…その、好きだと思ってくれてるなんて感じたことなかったんだ。だから、えっと…何と言えばいいのか…」
「む。あんなにアプローチしていたつもりだったのだが…」
「えっ?!どの辺が?!」
「優先的にキミの周りをパトロールしていた。何度か妖怪に絡まれているところを助けただろう」
「あ、ああその節はありがとうございます…」
「サキちゃんにも贔屓しすぎだと小言をもらったくらいだ」
「そ、そうだったんだあ…」
スカイシャリマンが時々助けれてくれるのは、単にヒーローとしての勤めを果たしているからだと思っていた。スカイシャリマンは顔に出してなかったし、私も意識をしていなかったから当然と言えば当然なのだろうけれど。
「私、スカイシャリマンに好いてもらうようなことしてないよ」
「そんなことはない。弟にも妖怪にも優しいところが、私にとっては眩しいくらい素晴らしく見える。特別、私に「何か」をしたかどうかではない。私はキミを見ていた。それで守りたいと思ったんだ。その、キミの真っ直ぐな優しさを」
「…ほ、」
──誉めすぎである。
ここまでドストレートに人を誉めることができるのはスカイシャリマンくらいだろう。今まで受けたことのない賛美に、私の顔は真っ赤になった。
それで返事はどうなんだとスカイシャリマンが、期待を込めて見詰めてくる。ただそうは言っても、私もすぐに返事なんてできるわけもなく。
どうしようかと頭を悩ませていると、スカイシャリマンはすっと近付いて、跪いた。
優しく手をとられて、見上げてきた彼は。
「私に、キミを守らせてくれないか」
これからは、一番傍で。
今まで聞いたことのない、甘い言葉を口にする。
まるでどこかの映画のワンシーンのようにそう言われてしまっては、自他ともに押しに弱い私なので、結局素直に頷くしかなかった。
そして、優しく笑ったスカイシャリマンを見下ろして、まさか自分がヒーローのお相手(ヒロイン)になるとは思わなかったと、ぼんやり思うのだった。