12.誰

 日々が過ぎ、また週末。私は今日もまた、喫茶ポアロへ向かっていた。

 最初は少し寄ってみたぐらいの気持ちで始まり、今ではもう何度か通ってしまうくらい、お店の雰囲気と料理にすっかり惹かれていた。何より安室さんや梓さんと、なんてことない話をするのが楽しかった。会社以外の所で、自由に会話できるというのは結構大事なことかもしれない。

 そうしてカランカラン、と音を鳴らし店内に入ると、安室さんがカウンター越しに、いらっしゃいませ、と声をかけてくれる。それに対して小さくお辞儀をすると、手前のソファー席に座っている女子高生から声を掛けられた。

「あれ?……もしかして米花百貨店の時の方じゃありませんか?」

 その言葉に、一瞬、喫茶店内の空気がピリつく。何?と思うものの、女子高生の子の顔を見て、いつ会ったのか思い出そうとしてみた。でも、それよりも、米花百貨店というワードに嫌な記憶が頭を巡って、思い出せない。心がザワつき始める。

 あの男性が赤井さんの偽物だと分かっていても、すぐに立ち去った方がいい、と言われていても、もしまたあの姿を見たら。やっぱり冷静ではいられないかもしれない。幻でもいい、もう一度だけ会えたらなんて思う自分もまだいた。

 そうしてふと視線を感じて安室さんを見ると、さっと視線を逸されて驚く。今までそんなことされたことなかったから、余計に。

「ほら、あの時すごく体調悪そうにされていて私たち心配して……」
「あー!ほんとだー!お姉さんって、この辺りに住んでるのー?」

 でも小学生位の男の子が、話に割り込むように話し出してこの場の空気が変わる。結局二人のことを思い出せなかったけれど、きっとあの時側にいてくれた人たちなのだろう。

「あ、ううん。杯戸町なんだけど、このお店気に入っていて……」

 そう言うと、安室さんが横から割り込んできた。

「僕に、会いに来てくれてるんですよね?」
「え?二人は、知り合いなの?」

 さらに小学生の男の子が、声を上げる。私たちが知り合いなことに、驚いているようだった。

「知り合い、と言うより友人ですね。“名前”さんとは」

 今度は、私が驚く番だった。初めて下の名前で呼ばれた。それに、友人だと言われた。はっきりと、友人と言われたことに、これはなにかの意図があるのかなと勘ぐってしまう。

 もしかして安室さんとの出会いが、探偵業の依頼であることを内緒にしろという意味?きっとこの二人の前では何か話せない事があるのかもしれない。ここは、余計なことを言わない方がいい気がした。

「……あ、はい」

 そうして出てきた言葉は、物凄くぎこちないものだった。その自覚がある分、恥ずかしい。なんとなく、安室さんから感じる雰囲気も冷たくて、居たたまれなくなる。やはり、今はタイミングが良くないのだろう。

「あの、すみません。ちょっと用事を思い出して。今日はやっぱり」
「そうですか、残念です」
「えーー!帰っちゃうのー?ここのサンドイッチすっごく、おいしいんだよー!」

 安室さんは淡々と答えて、男の子は椅子から立ち上がって可愛く駄々をこねていた。その姿に、かわいいと思うけれど、米花百貨店で会った二人がいるというとに気持ちも乗らない。

「すみません。また今度伺います!」

ちらりと、安室さんにも視線を配ってお辞儀した。少し、視線が、怖かった。



 名前が立ち去った後、降谷は蘭とコナンに向けて会話を続ける。

「驚きました、君たちと名前さんが知り合いだったなんて」

 彼女は組織の下っ端である楠田陸道と関係があったと思われる人物。そして今、シェリーと関わりのある毛利家と、あの米花百貨店で接触していたと知る。その上この再会に対して、彼女の表情はなにやら曇っていた。
 
 やはり、一ノ瀬名前には、何かあるのか?
 その疑念が再び、湧き上がってくる。

「ええ、私たちもびっくりです!世間って本当に狭いんですね!」
「そうですねー。ところで、米花百貨店で名前さんの身に何かあったようですが?」
「えー、安室さんお友達なのに、しらないのー?」

 割り込むようにコナンに指摘され、降谷は一瞬目を細めた。それは確かに的を射ていたため、一拍、返事が遅れてしまう。

「どうやら、体調が悪かったようですが。男の僕には、話しづらかったんじゃないでしょうか」
「へえー。でも、今……興味があるんだね」

 小学生らしくない含みのあるその言い方に、彼は小さく微笑んで見せた。

「ええ。彼女は僕の、“気になっている方”ですから」
「え?」
「彼女のことは、何でも知っておきたいんです。いつか、側で支えたいんで」

 この回答は予想外だったのか、コナンはすぐに言い返せないようだった。

「それで、どうされていたんです?名前さんは」
「えっとー。例の、爆弾騒ぎが終わって……」

 爆弾騒ぎ。その言葉を聞いて無意識のうちに、眉をひそめていた。

「帰ろうとしたら、外で蹲っていたんです。顔色も悪そうで」
「でも!知り合いの人がその後、車で駆けつけてくれたんだ!今日は凄く元気そうだったから、安心したね!蘭ねーちゃん!」
「そ、そうだね、コナンくん」

 てっきり百貨店内での話だと思っていたのに反して、彼女が百貨店の外で蹲っていたと知り驚く。組織のメンバーに、会ったのだろうか。その上、偶然その場に知り合いが現れ助けているのも妙だ。仕事関係の人物かと思っていると、奥の席から注文が入る。ここまでか、と一旦思考を変え、二人に礼を言ってから注文を取りに行った。

 結局、話はそこで中断した。昼時のポアロは意外にも繁盛している。二人もランチを食べ終えていたため、もうポアロに長居はできないのだろう、店を出るようだった。すると会計をしている時に、コナンが尋ねる。

「ねえ安室さん!名前さんとは、どうやって出会ったの?」
「……どうして知りたいんだい?」

 どうしてこうも、君は気になるのかな。そんなことを考えながら、簡単には答えを差し出してやらない。しかしコナンも引き下がらなかった。

「だってー。どうやったら、すきなひとに出会えるのか知りたいんだもん!」

 その発言に、全員があっけにとられる。

「はは。参考になるかは分からないけれど、病院の駐車場さ。君も、大人になったら車を買うといいよ」

そう言うと二人はポアロを出ていく。しかしコナンだけが、急ぎ足でどこかへ走っていくのを、降谷はしっかり確認していた。