焦凍くんが顔中にキスの雨を降らせてきて、恥ずかしいのを我慢しながらわたしはそれを必死に受け止めている。彼は何だか、とても上機嫌だ。わたしの顔でキスされてない場所なんかないんじゃないか?という勢いでキスされている。顔が近い。いい匂いがする。恥ずかしい。というか取り敢えず服を着させて欲しい。わたしも焦凍くんもまだ全裸だ。焦凍くんが体を動かす度に触れている胸の先が擦れて、うっかり変な声が出そうで困る。
「あのう……焦凍くん、服着ない?」
「……もう少しだけ、このままじゃ駄目か?」
こ、これは……!『必殺・子犬の眼差し!』しかも眉も下がっているというオプション付きだ。これに太刀打ちできる女性は世に存在するのだろうか?いや、居ないに違いない。無言でこくん、と頷くと焦凍くんのキス攻撃が再開した。ちゅ、ちゅ、と頬や額、鼻先にも唇が落とされる。……く、くすぐったいなあ、もう。恥ずかしさから閉じていた瞳を少しだけ開けると、伏せられた長い睫毛が視界にうつった。……目元を覆う痛々しい火傷の跡。思わず指で目尻に触れると、焦凍くんが瞼を持ち上げてわたしを見た。
「……気になるか?」
「痛いのかな、って」
「随分昔に負った火傷だからな。もう痛くはねェよ」
「そっか。……じゃあ、良かった」
安心してへにゃりと笑えば、焦凍くんはぱちぱちと目を瞬かせて、それから同じように口元を緩ませた。……あどけない笑顔、可愛いなあ。この顔されると胸の奥がきゅんって疼く。母性本能がくすぐられるというか、何でもしてあげたくなっちゃう。……ずるいなあ、焦凍くん。きっと、いろんな人にかわいい顔を見せているんだもんな。……わたしだけ特別じゃあ、ないんだもんな……。きゅうんと疼いた胸が今度はずきずきと痛みを訴え始める。
−セックスは終わってしまった。わたしの処女は無事に焦凍くんによって奪われ、リアルな快感や痛みを''教えて''もらうことが出来たのだ。焦凍くんも性欲を発散出来て、きっと満足している。だってこんなに嬉しそうだもん。満足、してくれたんだよね?
ぎゅっと腕の中に閉じ込められると離れ難くなってしまう。この温もりを忘れられなくなってしまう。だから一刻も早く離れてこの場を去りたいのに、焦凍くんはわたしを抱き寄せて離す気配が無い。……ま、まさかもう一回シたいとか?……そう言えば小説とか漫画で、良く『朝まで寝かせてもらえなかった』みたいな表現を見掛けるけど、つまりそういう事!?焦凍くんの体力が尽きるまで付き合わされるんだろうか。む、無理無理。さっきまで焦凍くんのモノを受け入れていたところは未だじんじんと痛んでいるし、正直腰も辛い。
「し、焦凍くん……」
「ん?どうした」
「その……わたしもう、体がもたないというか……」
「……何の話だ?」
「も、もう一回したいとか、そういう感じなのかなーって」
「今日はもうしねえよ。……なまえがシたい、っていうなら話は別だけどな」
「わーーー大丈夫!大丈夫です!!」
首を勢い良く横に振ると「冗談だ」と悪戯っぽい顔で笑われた。は、恥ずかしい。じわりじわりと顔に熱が集まってきて、それを見られるのが恥ずかしいから焦凍くんの胸に顔を埋めた。後頭部に回った大きな手が、優しく髪を梳いてくる。ドキドキと心臓が高鳴って、まるで恋する乙女みたいだ。焦凍くんが触れた部分が熱を持つ。それが嬉しいのに、どうしてか泣きたくなってしまう。
「……焦凍くん、今日は、本当にありがとうございました」
「ふ、急に畏まってどうしたんだ?」
「忘れない内にもう一度伝えておかなきゃって思って……。焦凍くんのお陰で良い経験が出来たし……」
「初めてなのにちゃんと気持ち良くなれて偉かったな、なまえ」
「そ、それは……焦凍くんが上手だからじゃないかな……何かわたしがえっちみたい……」
「えっちだったろ?すげえ可愛かった」
し、焦凍くんの胸に顔を埋めてて良かった……!言葉の破壊力が凄すぎて死んでしまう……!わたしのような女子は『可愛い』なんて普段言われ慣れてない言葉を言われると、どうしていいか分からなくなるのだ。
「……次はどこか出掛けるか」
「へ?つ、つぎ?」
「ああ。忘れない内に連絡先交換しねえとな」
……次?次があるの?これきりだと思っていたわたしは、焦凍くんの言葉にちょっと沈んでいた心が浮上するのを感じる。今日が最後じゃないんだ。わたしとまた会ってくれるんだ。思わず上げた顔は、きっと喜びに満ちていただろう。
焦凍くんは微笑んでわたしの前髪をそっと掻き分けた。そして額に口づけを落とす。こんなことをされたら、女の子は簡単に落ちてしまう。
「……まだ教えてやりてえ事も、いっぱいあるしな」
……ああ。ああ、そっか。そうだ。危うく勘違いするところだった。焦凍くんはわたしと''セックス''がしたいのだ。わたしの体は、もしかしたら彼のお気に召したのかもしれない。でも、所詮わたしは複数のうちの一人に過ぎないのだ。こうして彼の腕に包まれる事が出来るのはわたしだけじゃない。可愛いと言ってもらえるのも、温かい手で触れてもらえるのもわたしだけじゃない。
それでもきっと、また会える事だけでも喜ばなきゃいけない。本来わたしみたいな女は彼に相手にすらされない存在なんだ。抱いてもらえただけでも奇跡。もっと、喜ばなきゃ。
「うん、もっと、色んなこと教えてね」
浮かべた笑みは、ぎこちないものだったに違いない。
あの後焦凍くんはわたしを自宅まで送り届けてくれた。家を出る前「泊まっていかないのか?」と寂しそうな顔で聞かれたけど、男の人の家にお泊まりなんてあまりにもハードルが高かったので丁重にお断りした。
「また連絡する。次会う日決めような」そう言ってくれた焦凍くんに「待ってるね、」と返事をして別れる。帰宅して直ぐにベッドに倒れ込んだ。ここ数日で色んな事が起きすぎて、頭がパンクしそうだ。……まだ夢見てるみたい。でも、わたしを抱いた時の焦凍くんの顔も、声も、体も、全部鮮明に思い出せる。ぎゅううと枕を抱き締めて、思わず大きな溜め息を吐いた。えっち、気持ち良かったなあ。……次会った時も、するのかな。……する、よね。それが目的だもんね。
また会える事は嬉しいのに、心がモヤモヤとする。この気持ちはきっと認めちゃいけないけど、わたし、焦凍くんに惹かれているんだろうなあ……。あんな格好良い人に優しく抱かれて、好きにならない方が無理だよね?うん、絶対無理。わたし悪くない。
……っていうか、わたしと焦凍くんの関係って、所謂''セフレ''ってやつ、だよね……?
……ごめんなさい、お母さん。わたし、恋人より先にセフレが出来てしまいました。