(爆豪)
なまえは何かとイベント事に拘りたがる女だ。誕生日、記念日、クリスマス。今日、7/7。七夕もなまえにとっては一大イベントらしい。『夜はベランダで星を見ながら、爆豪くんとお酒を飲む!』と意気込んでいたなまえは今、空を見上げてひとり肩を落としていた。朝から降り続いた雨は、結局止まなかったのである。
「こんだけ降ってたら、星なんて見えねェよ」
「うん……残念だなぁ……」
「そんなに落ち込むような事か?」
「だって、織姫と彦星は一年に一回しか会えないのに……そんな日に降らなくたっていいのになーって」
「ハ、お前って結構ロマンチストだよなァ」
「爆豪くん、今更気付いたの?」
「わたしかなりロマンチストだよ」と笑いながらなまえが開けていた窓を閉めると、ザァザァと煩かった雨の音が止んだ。ソファーに座る俺の横に戻ってきたなまえが汗をかいたグラスをなぞりながら、不意に口を開く。
「一年に一回しか会えない、ってどんな気持ちなんだろう」
「ア……?」
「爆豪くんがどこか遠くに行くことになって、それが滅多に会えないくらい遠い距離だったらって考えると、耐えられる気がしないなーって」
「仮定の話は好きじゃねェ」
「……うん、そうだったや」
「つーかそんな日は一生来ねェよ。俺がお前を手放すと思ってんのか?ここじゃないどこかに行く時は、お前も一緒だ」
置いて行かねェよ。
なまえの方を見ずにそう言えば「うん」と言って肩に身を預けて来た。単純な女だ。
「爆豪くんって、お酒入ってると結構嬉しいこと言ってくれるよね」
「いつも通りだろうが」
「えー、そうかな。爆豪くんはねー、お酒飲んでると上機嫌なことが多いよ?」
「……ンな事ねェよ」
「ふふ、なまえちゃんにはお見通しなのです」
「一緒に酒飲むとすぐ潰れる癖に何言ってンだ、お前」
「今日は大丈夫……な気がする!」
へら、と笑ったなまえの頬は既に薄っすらと赤い。調子乗って俺が飲んでるのを飲んでみたいとか言うからだ。普段、酎ハイ一缶で「くらくらする……」とかふざけた事をぬかすこの女は可哀想になるレベルの下戸だ。酔うとちょっと元気になって、すぐに眠くなるなまえはまるで子どものよう。酒が入るといつも以上に無防備になるこの女には、俺が居ない場所では絶対に酒を飲むなと言い聞かせてある。
今日は大丈夫、というのは一体どこから湧いた自信だったのか。あの後すぐに瞼を擦り始めたなまえは、ずるずると凭れかかって来てそのまま俺の膝を陣取ってすやすやと寝息を立てている。人の膝を枕にするなんて、とんでもない女だ。もう少し重かったら遠慮なく振り落としている。
「ん〜……ばくごーくん……」
「ア?お前寝てねェなら起きろや」
「んふふ……太もも、かたいね……」
「…………テメェ」
「でも、ばくごーくんのにおいがする」
「……ったく。今日だけだかんな」
へにゃへにゃとだらしない顔をしているなまえの乱れた髪を梳いてやると、手を掴まれる。俺の手にやわやわと触れて、ぎゅうと指先で握り込む姿は本当に赤子のようだ。
「ばくごーくんは、ねがいごとした?」
「しねェよ、そんなもん」
「書けば良かったね、短冊」
「だからしねェって言ってんだろ」
「でも、ねがいごと叶えてもらえるかもしれないよ、」
「俺は神頼みはしない主義だ」
「あー、ばくごーくんっぽい」
「だからお前も……」
「……おまえも?」
半分閉じかけたなまえの瞳の中に、俺がうつっている。いつも鏡で見ているよりもずっと気の抜けた表情に、少しだけ笑えた。どうりで上鳴たちに馬鹿にされるワケだ。
「居るかどうかも分からねェモノに願う位なら、俺に言えや」
「……叶えてくれるの?」
「''カミサマ''よりは確実だろうな」
「……ふふ、頼もしいなあ」
「で、何を願うつもりだったんだよ」
「わたし……?」
「したかったんだろ?短冊に願い事」
なまえの指が俺の指に絡まる。確かめるように何度も何度も握って、暫くして満足したのか、俺の掌に眠そうな眼差しが向けられた。
「ばくごーくんが……大っきな怪我しませんよーに、」
「……」
「きょうも、あしたも、……毎日、元気に過ごしてくれたら、それでいいよ……」
「……俺の事ばっかじゃねェか」
「ん〜、じゃあ、……おいしいもの食べたい」
「くっ……ふは、何だそれ……馬鹿かよ……ッ!」
「もー、笑わないでよ……」
照れたように太ももに額を押し付けるなまえを、どうしようもなく愛しいと思ってしまう俺も大概だ。
「色気より食い気だな、お前は」
「ばくごーくんも好きでしょ?」
「なまえには負ける」
「じゃあ今度美味しいもの買ってきたらひとりじめしてやるー」
「これ以上重くなったら、乗っかってきても速攻振り落とすからな」
「えー」
何が楽しいのか、くふくふと笑っているなまえを見ていると力が抜ける。仕事で溜まった疲れも、ストレスも、どこかに行ってしまうから不思議だ。動いて乱れた髪を撫で付けるようにしていると、突然起き上がって抱き着いてきた。酔っ払いの考えることは良く分かんねェな。
「バクゴーさまに願い事していい?」
「おー、何でも言えや」
「……キスして?」
……間違ってもその願い事、俺以外にすんなよ。