切島くんが恋心を自覚する:切島(R)
(切島)


なまえの事を一人の女の子として好きだと気付いたのは、いつの事だっただろうか。なまえが「鋭ちゃんとわたしは家族みたいなものだもんね」と笑って言うように、俺もなまえをずっと大切な家族のような存在だと思っていた。放っておけない妹のようでもあり、しっかり者の姉のようでもある彼女は俺にとっての唯一無二で、特別だった。


俺たちは小さい頃から当たり前のように一緒に過ごして来た。手を繋いで幼稚園に通ったし、一緒に風呂にも入ったし、互いの家に泊まって同じ布団で眠る事も俺たちにとっては当たり前だった。自他共に認める仲の良い幼馴染、それが俺となまえ。


俺もなまえもヒーローが好きで、小さい頃の遊びはヒーローごっこばかりだったっけな。俺の口癖は「俺がなまえを守ってやる!」で、そう言うとなまえが嬉しそうにニコニコと笑うから、その顔が見たくて何度も繰り返し口にした。


−−なまえは、本当に可憐な女の子に成長した。見た目の話だけじゃない。彼女の心は日に日にうつくしく、優しい色を帯びてゆく。それがあまりにも温かくて、綺麗で。彼女の近くで幸せそうに笑う人を見る度に、彼女の手の温もりに絆される人を見る度、ああ、なまえは愛し愛される為に生まれてきたんだなと、子どもながらにそう思う俺がいた。


そしてそんな彼女の一番近くにいるのが俺だった。柔らかな声で鋭ちゃん、と呼ばれ、両手を広げれば飛び込んで来てくれる。落ち込んだ時は抱き締めてくれる。自惚れていた。これからもこの距離感は変わることなく、なまえはずっと俺の側にいるんだと。それが当たり前なんだと。



−−「なァなァ切島!切島とみょうじってマジで付き合ってないの?」


授業を全て終えて帰る準備をしていると、突然クラスメイトの男子が肩を組みながらそう問いかけて来た。またその話題かよ、とげんなりする。

中学校に入ると、アイツは誰が好きだの、あの二人は付き合ってるだの、周りはそんな話題でしょっちゅう盛り上がるようになった。常に一緒にいる俺たちは自然と「付き合っている」と噂される様になり、訂正してもキリがなかったから俺もなまえも諦めて放っておくことにしていたのだ。


「付き合ってねーって言ってんだろ」
「そんな事言いつつ付き合ってんだろーって思ってたんだけど、付き合ってねえのか……そっか……」
「……なまえがどうかしたのか?」
「いや実は俺、みょうじの事気になってんだよね」
「…………は?」
「みょうじって可愛いじゃん!いい子だしさ。あんな幼馴染がいるとか切島って勝ち組だよなー」


「なー告ったらオッケーしてくれないかな?切島から見て俺ってワンチャンあると思う?」と自身のだらしなく緩んだ顔を指差して呟くクラスメイトの顔を思わず呆然と見てしまった。コイツが?なまえを好き?……付き合いたい?気持ち悪い感覚が全身に広がる。


「なまえは、……誰かと付き合うとか、そういうの考えてねーと思う」
「そんなの言ってみないと分かんないじゃん」
「…………駄目だ」
「……切島はただの幼馴染だろ?駄目とか言う権利無くね?」
「っある!俺はなまえの幼馴染だから、ちゃんとっ……」


ーー「鋭ちゃん、わたしの事呼んだ?」
「ッうわ!……なまえ、いつの間に」
「あはは、お化けでも見たみたいな反応だあ」


興奮のあまり大声を上げてしまった所為で、なまえが自分の話をしていると思って寄ってきてしまったらしい。何とも気の緩む笑顔を浮かべているなまえに「今の話、聞いてたか?」と冷や汗混じりに聞くと、ふるふると首を横に振られた。……良かった。話の内容までは聞かれてなかった。……いや、別に聞かれてマズい話ではねーんだけど……。


「ちょうど良かった!みょうじ、話があるんだけど、さ……」
「わたしに話?なあに?」
「ここだとちょっと話しにくい事だから二人きりになりたい。着いてきて」
「うん、分か「ッなまえ、俺と帰る約束してるだろ!」……え、鋭ちゃん?」


迷わずクラスメイトの背中に着いて行こうとするなまえの手を何も考えずに引き寄せていた。大きな瞳をぱちぱちと瞬かせるなまえを見て、しまった、と自分の行いを後悔する。……何、引き留めてんだよ、俺。


不思議そうに俺を見つめていたなまえは、俺の手を振り解かないままクラスメイトの方を振り返る。


「あの、話って時間掛かる感じかな?」
「えっ、……いや、」
「なら良かった!鋭ちゃん、お話終わったらすぐ戻ってくるから待ってて?」


ほわ、と目尻を下げて笑ったなまえの手が俺から離れていく。行かないでくれ、なんて言えなかった。……確かに、アイツの言う通り俺に告白を止める権利なんて無い。なまえは俺のモノじゃないし、なまえが誰かを好きになるのも、なまえを好いた誰かと付き合うのも−−自由だ。


(心臓、痛え……)


自身の机に突っ伏して、ぎゅ、と瞳を閉じた。人気の無い静かな教室でひとり思いを巡らせる。なまえがアイツと付き合う事になったらどうしよう。そうなったら、今日も俺じゃなくてアイツと帰るとか言い出すんだろうか。嫌だ。絶対に嫌だ。なまえの隣は俺の場所だ。他の奴には絶対に譲りたくない。

だって、俺は……。


(ああ、やっぱり)

(これは幼馴染に抱く感情じゃ)

(……ねえよな)


黒い髪がはらりと落ちて、視界を覆い隠す。本当は気付いていた。変わっていく自分の心を認めたくなかっただけだ。

だって、なまえを好きだと認めたら俺だけが変わっちまう。もう、今まで通りなまえの隣には居られなくなる。

それは嫌だ。

(でも他の奴に奪われるのは、もっと嫌だ)

強く握り過ぎた所為で赤くなった手のひらが、じわじわと元の色に戻っていくのをぼんやりと見つめる。


「……鋭ちゃんっ、」
「ッ、」


勢い良く顔を上げるとそこにはなまえが立っていた。アイツは居ない。


「おまたせ、帰ろっか」
「……お、おう」


どうなったのだろうか。一緒に戻って来なかった……つまりなまえはアイツを振った、と思っていい、のか……?


……良かった!


はあ、と安堵の息を吐いてから鞄を持って立ち上がる。椅子の横に立っているなまえに帰ろうぜ、と笑顔を向けた瞬間−−時が止まった。

彼女が泣いていたからだ。

俺の視線に気付いて慌てて涙の滲んだ瞳をごしごしと拭おうとするなまえの手を掴んで慌てて制止する。何で。どうして。お前が泣くんだ。

「ご、ごめん」
「どうした、なまえ。アイツに何か言われたのか!?」
「ううん、」
「じゃあ……」

なまえは眉を下げて笑った。その顔がこれ以上聞くな、と暗に言っている気がした。なまえの腕を掴む手から自然と力が抜ける。言葉にはしない確かな拒絶に、胸が再び締め付けられた。

なまえは涙で濡れた瞳をハンカチで押さえて、それから何事もなかったかのように「鋭ちゃん、帰ろ?」と微笑む。それでも彼女の睫毛に残った一雫の涙からどうしても目が離せない。

何も言わない俺の手を引いて、なまえは鋭ちゃん、と再度俺の名前を呼ぶ。何を言ったらいいのか分からない。どうしたらいいのか分からない。迷った挙句俺の唇から零れ落ちたのはこんな言葉だった。

「どこにも、行かねえよな?」

なまえが瞳を瞬かせる。睫毛に乗っていた涙がはらりと落ちて、なまえは普段よりも少し大人びた顔で、笑った。

「……うん、行かないよ。どこにも」

だから、帰ろう。
何度目かのその言葉で、俺たちはようやく学校を出て帰路に着いたのだ。



−−−


やはりクラスメイトはなまえに振られていた。それでも告白を断ったなまえを非難したり距離を置くことも無く「みょうじとはこれからもいい友達で居たい」「やっぱり幼馴染のお前は羨ましいぜ!」と、そんな事を言っていた。

誰もが羨む、幼馴染という関係。でも幼馴染っつーのは家族みたいなもんで、なまえが俺に向けてくる好意はloveでは無く、likeで。

−−クラスメイトの好意を受け入れられなかった事に罪悪感を感じて涙していたなまえを思うと告白なんて出来る訳がない。俺の気持ちを知ったら、きっと、いや確実に困らせてしまう。なまえが離れていく切っ掛けを自分で作ろうとは思えない。言ってしまえば、自信が無かった。……なまえに男として見てもらう、自信が。


そうして俺は今日までずっと自分の想いを秘めたまま、素知らぬ顔をしてなまえの隣に居続けている。彼女は今日も「鋭ちゃん」と柔らかな声で幼馴染の名前を呼ぶ。対して俺が彼女の名前を呼ぶ声は酷く甘く、ほろ苦い。初恋は叶わない、なんて言葉が不意に頭を過ったけれど、消し去るように彼女の小さな手を握り締めた。


こんなにも想っているのに「好きだ」の一言だけが、ずっと言えない。



渚様リクエストで「切島くんが自分の気持ちを自覚する話」でした。リクエストありがとうございました!