(心操)
ーー運命の雄英体育祭、当日。
第一種目、第二種目を終えて残すは昼休憩後の最終種目のみとなった。''洗脳''の個性を上手く使い、ヒーロー科の奴らを押し退け此処まで来る事が出来た。後は結果を出すだけだ。
ーーさて、なまえは何処に居るんだろう。今朝『今日の昼はなまえを''予約''していい?』『勿論!ばっちり予約完了だよ人使くん!』という会話を交わして、なまえとは一緒に昼を食べる約束をしている。恐らくC組が集まっている場所に居る筈だ。人がごった返している食堂できょろきょろと辺りを見回し、見慣れた後ろ姿を見つけて口元が緩んだのはほんの一瞬だった。ーー彼女の隣には''あの''幼馴染の姿があったからだ。口元からは笑みが消え、眉間に皺が寄ったのが自分でも分かる。
「怪我とかしてねぇか?」
「うん。わたし最初のところですぐに脱落しちゃったから……それより鋭ちゃん最終種目進出おめでとう!騎馬戦凄かったよ」
「おう、ありがとな!」
「なぁなぁみょうじっ、俺にもおめでとうって言って欲しい!」
「ふふ、上鳴くんもおめでとう」
「くぅーっその一言だけで午後も頑張れるわー!みょうじマジ癒し!」
「あんまり上鳴の事甘やかすなよ。こいつすぐ調子に乗るんだから」
「偶には良いだろ!妬くなよ、鋭ちゃん」
「鋭ちゃん呼びすんな!つーか妬いてねぇ!」
……何だよ。体育祭の間は俺だけを見ててくれるんじゃなかったのかよ。握った拳にギリ、と爪が食い込む。切島鋭児郎に頭を撫でられ無垢な笑顔を向けるなまえを見ていると、どうしようもなく焦燥感に駆られた。
「なまえ」
抑え切れない感情が声にも出てしまった。兎に角なまえと切島が並んでいる光景を見ているのが嫌で、早くなまえに俺の隣に戻って来て欲しくて、細い腕をぐっと引く。なまえが体ごと振り返って俺を見た。その瞳に映り込んだ俺は多分だけど酷い顔をしていたと思う。そんな俺とは対照的になまえはぱっと表情を明るくして花咲く笑みを向けてくる。人使くん、と名を呼ばれた途端に感情で塞がれたようになっていた胸が優しくほどけていくんだから不思議だ。
「''人使くん''?」俺の名を呟いて訝しげにしている切島を極力視界に入れないようにしながら、なまえに笑いかけた。
「お疲れ、なまえ。こんな所に居たんだな。時間もあんまり無いし早く飯取りに行かないと」
「あっ、そうだね!人使くんも準備とか色々あるだろうし、」
「なまえだってレクリエーションに参加するんだろ?ちゃんと食べないとこの前みたいに''また''倒れるよ」
「っ」
俺の言葉に反応した切島にちらりと視線を向け、またなまえへと戻す。普段は自分からそんな事しようとは思わないけど、早くここから離れようと促す為に小さな手を取り、ぎゅっと握った。
その瞬間、目の前に立っている男の感情が分かりやすく高ぶった。……良いだろ、今日くらい。あんたがいつも独占しているなまえは体育祭の間は俺だけを見るって約束してくれたんだから。それになまえはヒーロー科じゃなくて普通科の人間だ。
自分のものみたいな顔、するなよ。
「っおい……!」
「鋭ちゃ「なまえ、こっち」あ、うん……っ」
なまえの言葉を強引に遮った。少し早足の俺に引っ張られるようにして着いてくるなまえに「ち、ちょっと痛いかも」と言われ、そこで握った手にかなりの力を込めていた事に気付いた。離さないと言わんばかりに握り締めている自分の手に視線を移して呆然とする。……何してんだ俺。流石に余裕無さすぎだろ。慌ててぱっと手を離せば、足を止めたなまえが「大丈夫?」と表情を伺おうとして下から顔を覗き込んできた。
頭がぐらぐらとする。なまえを見ていると優しい気持ちになる。でもそれと同じくらい負の感情も込み上げてくる。鳩尾の辺りが締め付けられたみたいに痛い。苦しい。体内で渦巻くこの感情をどうにかしたくて、気が付けば心配そうな顔で見上げるなまえに向かって口を開いていた。
「……あのさ、なまえ、体育祭の間は俺の事だけ見てくれるって言ったよな。……自分でも良く分かんないけど……俺、怒ってるんだと思う」
怒っている、という言葉になまえが肩を揺らす。いや、この場合は怒っているというよりも拗ねているが正解かもしれないけれど。
「あいつじゃなくて俺が一番最初に聞きたかった。なまえの口から直接、最終種目進出おめでとうって。……それに俺、まだ言ってもらってないんだけど」
こんなの、ただの子どもの癇癪みたいなものだ。なまえが真面目に付き合う必要なんてない。だって最初から分かっていた事じゃないか。なまえには俺と違って大切なものが沢山ある。俺だけが特別な訳じゃない。体育祭が始まってしまえば、優しいこの子が幼馴染の姿をその視界に入れずには居られない事だって分かっていた。血の滲むような努力をしているのはヒーロー科の奴だって同じで、それを隣で見てきたなまえに「俺だけを見ろ」と言う俺の方がよっぽど非道い。しかもあいつらと違って俺は自分の力だけでここまできた訳じゃない。この個性を使って、周りの人間を上手い事利用して。とてもヒーローを目指してる人間とは思えないーー。
「……最終種目進出おめでとう、人使くん。言うのが遅くなっちゃってごめんね。ちゃんと見てたよ、人使くんが頑張ってるところ」
一度離した手を今度はなまえから握られる。しかも両手で、だ。伝わってくる温もりに俯けていた顔を持ち上げれば、なまえが眉を下げて微笑んでいた。
「わたし、すぐ脱落しちゃって殆ど何もしてないから……だから人使くんが最終種目も頑張れるように、有り余ってるパワー、今から全部送るね?」
「……なまえのパワー貰ってもあんまり力にならなさそうだけど」
「ちっ、ちゃんと力になるように全身全霊を込めるよ!?むぐぐっ……」
「……嘘だよ、ごめん」
「それと、……ありがとう」小さな手で包み込まれた自分の右手を見ていると自然と感謝の言葉が溢れた。それを聞いたなまえにも安堵の表情が浮かんで、俺も安心する。
すぅ、と息を吸って、吐く。
真っ直ぐなまえの目を見据えた。
「……俺はあいつらに勝つよ、なまえ。どんな手を使ってでもヒーロー科の奴ら全員蹴落として、あの場所まで上り詰める。なまえが認めてくれたこの個性で、俺はヒーローになる。
……だからここから先は絶対、俺だけを見ていて」
澄んだその両目に、俺だけを映していて欲しい。俺の目を正面から見つめ返して小さくこくりと頷いたなまえにじわじわと嬉しさが込み上げる。自然と眦が下がって、あどけない少年のような笑みが浮かんだ。それが何だか無性に恥ずかしくて咄嗟に片手で口元を覆う。
離れた後も手のひらに残っているなまえの熱。この優しい温もりさえあれば俺は本当に望んだ場所まで行ける気がしてーー。
熱を逃さないよう、何度も、何度も。トーナメント一回戦が始まるその時まで確かめるようにずっと手を握り締めていた。