私、爆豪なまえは二つ歳の離れた弟の勝己に嫌われている。
何処を取っても平凡、何をやらせても及第点レベルな私と違って弟の勝己は幼い頃から兎に角優秀な才能マンだった。平凡な姉と優秀な弟。比べられるのは当然の事だ。いや、私自身が決して出来が悪かった訳では無かった(と思いたい)。ただ比較対象の勝己が才気煥発な子どもだっただけ。弟と何でもかんでも比べられ''爆豪なまえ''では無く''爆豪勝己の姉''として常に見られる事は、幼い私の心をそれはもうズタボロに傷つけた。大人になった今でも私の自尊心が低いのは、幼い頃に勝己を基準値にした上で散々「お姉ちゃんの方はちょっと出来が悪い」と言われ続けたからである。
声を大にして言おう。
姉弟で比べるのダメ、絶対!
(まぁ姉弟に限った事じゃ無いけど……)
でも、私はどんなに周りに比べられても、優秀な弟に引け目を感じても、勝己の事が大好きだった。何せ初めて出来た弟だ。「なまえ姉ちゃん」と無邪気に慕ってくれる幼い弟が可愛くない訳が無い。
母の個性をそのまま受け継いだ私と違って、爆破という強個性を得た勝己は乗りに乗った。何にって?調子にだ。かっちゃんスゲースゲーと持て囃された結果、勝己は大変生意気かつ自尊心の高い子どもに育ってしまった。子分を引き連れ、幼馴染の出久くんが無個性だからと馬鹿にする姿はまさにガキ大将。可愛かった勝己を返して欲しい。
中学に入る頃には多少落ち着くかと思われた勝己の悪癖は落ち着くどころか悪化した。周りにチヤホヤされて育った勝己の姿はここまで来るとガキ大将と言うよりも王様だ。王様な弟を持つ私の中学時代はどうだったかと言うと、まぁそれなりだったと言っておこう。
当然、勝己の姉としての苦い思い出もある。
全盛期と言わんばかりに好き放題やっていた勝己は地元でも有名な存在になっていた。カリスマ性を持つ勝己の周りには自然と人が集まったけれど、同時に悪目立ちもしていたから関わらない方が吉だと考えて近付かない子も多く居た。そして勝己の影響は姉である私にも及んだのである。中学に入っても尚、私は''爆豪勝己の姉''として見られる日々を送っていた。同級生や下級生含め(何故か)男子からは遠巻きに見られる事が多いし、こっちから話し掛けるとそそくさと退散されるなんて事もあったっけ。一体私が何をしたと?この世は理不尽で出来ている。
そうそう、逆に私と親しくなろうとする女子(主に後輩)には「何とかして勝己くんとお近づきになりたい!」って子が沢山居て、それはそれで大変だった。学生の頃はやたらと勝己みたいな子がモテるのだ。確かに勝己は我が弟ながら顔も良いし運動も出来て勉強も出来る。しかも将来有望な強個性持ちだ。大分可愛げがないし粗暴な所も目立っていたけど、彼女達にとってはそんな一面すら魅力的だったらしい。
……それにしてもこうして思い返してみると学生の頃私とまともに話してくれた男の子って出久くんくらいだったり……?む、虚しくなるから深く考えるのやめてはおこう。(何でもかんでも勝己の影響だと決め付けるのは良くないし!)
さて、最初に言った通り私は勝己に嫌われている。幼い頃は「なまえ姉ちゃん」と呼ばれていたのに気が付けば「なまえ」と呼び捨てで呼ばれるようになっていたし、家で顔を合わせれば顔を見るのも嫌だと言わんばかりに避けられる。勝己が小学生の頃はまだそこまで酷くはなかったけれど、中学に入ってからは殆ど会話もしなくなってしまった。
勝己が雄英高校に入学して寮生活になってからは顔を合わせる事すら年に数回(バレないようにこっそり体育祭を見に行ったりはしたけど)、私が高校を卒業して大学に入る頃には更に会える機会も減っていた。そう言えば一度勝己の忘れ物を届けて勝己の同級生に会った時、彼らに姉だと紹介すらしてもらえなかったっけ……しかも「渡すモン渡したならさっさと行けや」って追い払われたんだよね……泣ける……。その場にいた出久くんが後で「かっちゃんは皆になまえちゃんの存在を知られるのが嫌だっただけだよ!?」「ほら、かっちゃんって独占欲強いから!」とか何とか、必死にフォローしてくれたのが懐かしい。因みにそのフォローを聞きながら「(勝己の独占欲が強い事と私を姉だと紹介してくれない事って関係ある?無いよね?)」と追い討ちを掛けられて心の中で泣いていたのはここだけの秘密だ。
お互いに良い大人になった今でも私達の仲は相変わらず宜しくない。勝己が学校を卒業した後ヒーロー事務所を立ち上げた話も本人からではなく母から聞いたくらいだ。私の何がそんなに気に入らないのか、勝己は家族の中でも露骨に私だけを嫌って避けている。父や母とは普通に接しているから、血を分けた姉が自分よりも出来が悪くて秀でた部分が無い事がよっぽど気に食わないのだろうと私は予測している。
それ以外に嫌われる理由が無い。そもそもずっと避けられ続けているのだから私は勝己に嫌われる様な事をしようがないのだ。
……良き姉でいようと、私は私なりに努力したんだけどなぁ。
−−幼い頃からずっと思っていた事がある。勝己が心から尊敬出来て、胸を張って周りに紹介出来るような姉でいられたら良かったのに、と。そしたらきっと私と勝己の関係は今とはまた違う形だったに違いない。仲睦まじい姉弟、とまではいかなくても、きっとそれなりの関係を築けた筈だ。
プロヒーローとして知名度を上げ続ける勝己は気が付けば手の届かない存在になっていた。それこそ幼少期の私と勝己が憧れてやまなかった''オールマイト''のような存在に彼はなったのだ。
今や日本で爆豪勝己、否、プロヒーロー爆心地を知らない人間は居ないだろう。
幼い頃からの夢を叶えた勝己は本当に凄いと思う。……昔から有言実行の子なんだよね、あの子って。
子どもの頃は爆豪勝己の姉としか見られなかった私。今はもう、私を爆豪勝己の姉だと知っている人間の方が少ない。それはそれで寂しいな、と思っている自分に苦笑いを浮かべてしまう。周りに比較されても、本人に避けられても、どんなに嫌われても−−結局、私は勝己の姉で居たかったんだと思う。
***
さて、どうして私が過去を振り返りながら延々と弟の話をしているかと言うと、転勤が決まって遂に住み慣れた実家を出る事になったからだったりする。
実家に住んでいる間は時々母や父に会う為に帰ってくる勝己と偶然リビングや洗面所で顔を合わせる、という事が何度かあった。言葉を交わす訳じゃないけれど、特に大きな怪我もなく元気そうな姿を見る度にホッとしたものだ。
でも私が家を出ればそんな''偶然''も無くなる。私と弟の繋がりは今以上に希薄になってしまうだろう。
……まぁ、勝己は逆に嬉しいんだろうけど。邪魔者の私が居ない方が実家にも帰って来やすいに違いない。寧ろこれからは頻繁に帰ってくるようになったりして。
そしたらお母さん、きっと喜ぶなぁ。
もっと早く出て行けば良かったかも、なぁんて。
私物を整理しながらそんな事を考える。何だか憂鬱な気分になってしまって、唇からは自然と重苦しい溜息が溢れた。新しい生活が始まるって言うのにこんなんじゃ駄目だよね。過去の事や勝己の事は一旦全部頭から追い出してリセットしないと。
「っうわ……やっちゃった……!」
余計な事を考えていたからか、整理箱のうちの一つを思い切り足で蹴飛ばしてしまった。蓋が開いて中身が殆ど散らばってしまった所為で中々の大惨事になっている。完全にやらかした。
はあ、と先程よりも深い溜息を吐きながら一つずつ物を拾い集める。よりによって小物が入っている箱だったらしい。最高にツイてない。見ていないけど、今日の私の星座占いは12位だったに違いない。
「……あ」
散らばった小物をひとつひとつ拾い集めている途中、その中に随分と懐かしい物を見つけた。
「……そう言えばここに仕舞ってたっけ」
薄汚れた熊のキーホルダー。ストラップ部分を指で摘み上げ、思わず泣き笑いみたいな表情を浮かべてしまった。同時に胸に何とも形容し難い感情が湧き上がってくる。
「……懐かしいなあ」
円らな瞳をじいと見つめているうちに、私達がまだ仲の良い姉弟だった頃の優しい思い出が蘇ってきた。両親と勝己と私、四人で行った地元のお祭。
『なまえ姉ちゃんにこれ、やる!』
『え、私が貰っちゃって良いの?』
『ん!』
『……ありがとう!大切にするね』
オールマイトのお面を付けてはしゃぐ勝己の小さな手を繋いで、ヘトヘトになるまでお祭を楽しんだ。遠い昔、もう二度と戻れない優しい記憶。
−−そう、戻れない。ぎゅうと熊のキーホルダーを握り締めて息を吐く。ヨレヨレのくたくた状態の熊のキーホルダーのストラップ部分は経年劣化で千切れかけている。そろそろ私も諦めるべきなのだ。勝己が昔のように私と接してくれる日なんて永久に来ない。頭では理解していても、いつかまた普通の姉弟に戻れる日が来るんじゃないかと夢想してしまう。
私は本当にどうしようもなく、ばかな女だ。
***
−−数日後。
職場の飲み会を終えて帰宅した私は良い感じに酔っ払っていた。
送別会も兼ねた飲み会という事で、美味しいお酒やご飯をたらふくご馳走になったこの日の私はかなり上機嫌だった。帰り道で普段は絶対に歌わない鼻歌を小さな声で口ずさんでいたくらいだ。
酔っ払っている、と言っても記憶を飛ばしたり歩けなくなるほどべろべろに酔っている訳ではない。ちゃんと今が3時で、両親が寝室で熟睡している時間だという事も理解している。だから私は出来るだけゆっくり玄関のドアを開けたし、足音を立てないように気を付けながら洗面所に向かおうとしたのだ。
化粧だけサッと落として、ほろ酔い気分のままさっさと寝てしまおう。
そう、思っていた。
−−こんな時間なのに洗面所から漏れる明かりと、そこに立っている半裸の弟の姿を見るまでは。
「あ……」
一瞬で酔いが覚めた。首にタオルを掛け、濡れて張り付いた髪の先から水を滴らせている勝己はどこからどう見ても風呂上がりだ。何で居るの、とか。帰って来てたんだね、とか。何かしらの言葉を発すれば良いのに、いざ弟を目の前にすると何も言葉が出て来ない。
挙動不審に視線を彷徨わせた末、私は恐る恐る勝己に視線を向けた。
そして、驚愕に瞳を見開く事になる。
勝己が私を見ていたのだ。
いつもはすぐに視線を逸らしてその場を去ってしまう癖に、何故か今日はじいと私を見つめていた。勝己のあかと、私のあかが交差する。
ごくんと生唾を飲み込む音が静かな廊下に響き渡った。
「……」
「……」
「お前、いつもこんな時間に帰って来てんの」
「へっ」
今話しかけた?話しかけたよね?私に?私以外居ないよね!?驚きのあまり間抜けな声を出した私を見る勝己の瞳は冷たくて、ほんのり熱が灯った身体は一瞬で体の芯まで冷え切ってしまう。……でも、良い。例え気まぐれだとしても構わない。勝己から私に話しかけてくれた。その事実が何よりも嬉しい。
勝己の気が変わらない内に少しでもコミュニケーションを取ろうと、私は吃りながらも必死に口を開く。
「あ、えっと、今日は送別会でね」
「送別会?こんな時期にかよ」
「うん。私、転勤が決まって、それで」
「………………はァ?」
「ひっ」
突然般若のような形相になった勝己に思わず後退る。え、何?私悪いこと言った?勝己は眉間に皺を寄せて「……ックソ、それで荷物が……」と独り言を呟いている。声が小さくて全部は聞き取れなかったけどクソって部分だけは聞こえたよ、勝己くん。
「あの、転勤って言っても地方とかに行く訳じゃなくて……で、でも実家から通うには遠いから引っ越す事にしたの!」
「……」
「あ、あーっ……心配しないで!?実家にはあんまり帰ってこないようにするし、帰って来ても出来るだけ勝己と鉢合わせないようにするから」
「…………ハッ」
地方に行く訳じゃない、と言った瞬間明らかに表情を変えた勝己は内心ガッカリしていたに違いない。そうだよね、勝己からしたらもっと遠くに行って欲しかったんだもんね。出て行く事を惜しまれている訳でも無いのに選択を間違えた。私が言葉を重ねれば重ねるほど勝己の顔は醜く歪んで、最終的にその唇から吐き出されたのは嘲笑だった。
「そんなに俺に会うのが嫌かよ?」
「え?」
「わざわざ必死になって言わなくても分かってんだよ、ンな事は。可愛くもねェ弟の面なんざ見たくもないもんな?」
「ち、違、」
「何が違ェの?」
一歩、二歩。私を追い詰めるみたいに歩み寄ってくる弟を見て、初めて''怖い''と思った。防衛本能が働いて体が勝手に逃げ腰になる。けれどそんな一瞬の挙動すら勝己は見逃してくれなかった。ぐ、と腕を引かれたと思った次の瞬間には洗面所の壁に押し付けられていて頭がパニックを起こす。目の前に広がっているのは傷痕だらけの分厚い胸板。
勝己の髪から垂れた水滴が頬に落ちた。
「転勤っつーのも真っ赤な嘘でよ、少しでも俺に会うのが嫌だから出て行くんだろ?」
「そんなんじゃ……ね、勝己、取り敢えず服着ようよ」
「ハッ、別に弟の裸見た所で何にも思わないんだから良いだろ?''オネーチャン''はよ」
「そ、そう、だけどさ」
「…………チッ」
至近距離で舌打ちされると素直に怖いからやめて欲しいんだけど……。それよりもばっくんばっくんと激しく音を立てている心臓の音が勝己に聞こえないかが心配だ。だって仲が良かった頃ですらこんな近い距離になった事はない。それに、弟とは言え男の上裸である事には変わりないのだ。鍛え上がった裸体は心臓に悪い。
居心地の悪さに身を縮こませる私に勝己の視線が突き刺さっている。つ、旋毛ガン見されてるよね、絶対。
「……なァ、お前さ」
「な、何?」
「…………いや、やっぱり何でもねェわ」
ようやく腕の中から解放されてほっと息を吐く。し、死ぬかと思った。と言うか後数分あの状態が続いてたら間違いなく死んでたと思う。
……何でもないって言ったけど勝己は私に何を言おうとしてたんだろう。ちらりと勝己を見ると、さっきまで私と話していた事が嘘かのように平然とドライヤーで髪を乾かし始めていた。自由人か!あんぐりと口を開けたくなるのをぐっと堪え、小さく頭を振る。折角勝己から話し掛けてくれたのに結局良く分からないやり取りになっちゃったし間違いなく勝己の機嫌を損ねてしまったけど、話せて良かったと思う事にしよう。無視をされるよりはマシだ。ほら、好きの反対は無関心、って良く言うし、ね?
もう会話を交わすつもりは無いと露骨に態度に出している勝己に背を向け、洗面所を出ようとする。
「あ」
出る直前にこれだけは勝己に言っておかなきゃ、という事を思い出して振り返る。鏡越しに勝己と目が合って、勝己がまだ私を見ていた事に少しだけ驚いた。
「腕の怪我、悪化する前にちゃんと病院行きなよ」
「!」
「……じゃ、おやすみ」
今度こそ本当に洗面所から出て自室へと向かう。勝己にしてみたら余計なお世話だと思うけど、壁ドンされた時に視界に入った腕の怪我がどうしても気になってしまったのだ。……身体中傷だらけだったし、些細な怪我は放置とかしてるんじゃないかな、あの子。心配だ。忙しいとは思うけど、体が資本なんだからそういう所はキチンとして欲しい。
−−自室のベッドにダイブしてから、化粧を落とせていない事に気が付いた。勝己に占拠されてたもんね、仕方ない。
うん、やっぱり私は弟に嫌われている。
***
−−「俺より自分の心配しろよ、馬鹿女」
大方乾いたのを確認してからドライヤーを止め、タオルを洗濯籠に投げ入れて洗面所を出た。なまえの部屋の明かりは消えている。あれからそんなに時間は経っていないがもう寝ちまったらしい。洗面所、使いたかったんじゃねェのか……って。
「……俺の所為か」
はァ、と溜息を一つ。ぐしゃぐしゃと乱雑に髪を乱し、廊下の壁に凭れかかった。
「つーかマジで家、出んのかよ」
って。
「それも俺の所為だったわ」
あーあ、笑えるな、クソ。