爆豪くんが個性事故で幼児化(前編/バクゴーS番外・R)
爆豪くんはその日、何やら様子がおかしかった。帰宅してからソワソワと落ち着きが無く、珍しく鏡を覗き込んではふう、と息を吐いている。「どうしたの?」と聞いたら「変な個性掛けられたかもしれねェ」との返答だ。でも今のところは特に何も起きていないし、多分大丈夫らしい。まぁ何もないなら良いんだけど。暫くしたらいつも通りの爆豪くんに戻っていたし、「明日はオフだぜ、なまえ」と言って上機嫌でわたしを抱き潰した爆豪くんは絶好調だった。
−−−次の日の朝。
目を覚ましてまず、いつもがっしりとホールドしてくる腕の圧迫感がない事に違和感を覚えた。……あれ、爆豪くん先に起きてるのかな?体を起こそうとして、自分の胸の辺りでもぞりと何かが動いた事に気付く。恐る恐る布団の中を覗き込んで、あまりの衝撃に布団を捲ったポーズのままピタリと動きを止めてしまった。体を丸めてすぅすぅと寝息を立てているのは爆豪くん−−−ではなく、全く見覚えのない子どもだったのだ。
「(え、誰!何事!?わたしいつ子どもなんて産んだっけ!?)」
当然、産んでる訳は無い。パニック状態のわたしはそれはもう、ありとあらゆる可能性を頭の中で考えた。……っていうかこの子、前に見せてもらった幼少期の爆豪くんに似てる気が……。
わたしがフリーズしている間に、目の前の子どもの長い睫毛がぴくりと震えた。あ、お、起きる。ゆっくりと瞳を開けた少年が、眠たそうな顔でわたしを見上げる。真っ赤な瞳と、目が合った。怪訝そうに眉を寄せる表情が、爆豪くんと本当にそっくりで−。
「誰だ、てめぇ」
……わたしが聞きたいです、少年。
***
聞いて驚け皆の衆。何とか聞き出した少年の名前は''ばくごうかつき''君。年齢は5歳。どうやら彼は何者かの個性で幼児化してしまったらしい。そして今、わたしは誘拐犯扱いされています。
「オレをゆーかいしてどうするつもりだ」
「誘拐してないしどうもしないよ……ね、取り敢えずご飯食べない?お腹空いたでしょ爆豪くん」
「知らないおんなが作ったもんなんて食わねえ」
小さい爆豪くんがそう言ってぷいと顔を背けた瞬間、ぐぅ、とお腹が鳴る音が部屋に響いた。音の発生源はわたしではない。かあっと顔を真っ赤にした爆豪くんが「こっち見んな!」と歯を剥き出しにして威嚇してくる。……か、かわいいなあ……!!爆豪くんって小さい頃からこんな感じだったんだなあ、と一人ニマニマしてしまう。子犬のように喉を鳴らす爆豪くんの柔らかい頭をくしゃりと撫でて「すぐ作るから待っててね」と笑顔を向けた。腹が減っては戦はできぬ。色々考えるのは腹拵えを済ませてからだ。
***
爆豪くんが文句を言いつつも朝ご飯を食べている間に、昨日現場が一緒だった切島くんに連絡を取ってみることにした。爆豪くんの幼児化について何か知っているかもしれない。
「……もしもし、切島くん?朝早くにごめんね」
『みょうじから電話が来たっつー事は……なぁ、バクゴーもしかして今……』
「……この小さな男の子、やっぱり爆豪くんなんだね……?」
『うわー、やっぱそうかぁ……!……バクゴー、今子どもの姿なのか?』
「うん、5歳だって」
昨日二人が捕縛した敵の個性は「触れた相手を一時的に幼児化させる」というモノだったらしい。爆豪くんも一瞬触れられてしまったんだけど、その場では何も起きず……。
『その敵も「触れた瞬間に変わる筈なんだ、おかしい!」って喚いててさ。原因は分かんねェけど不発だったんだな、良かったなバクゴー!っつって取り敢えず昨日は解散したんだよ。……まさか時間差でなるとはな……』
「一時的って事は……ちゃんと元に戻るんだよね?」
『あぁ、持続時間は最大で24時間って言ってたぜ』
「はぁ……それなら良かった。ありがとう切島くん」
『悪ィな、みょうじ。小ちゃいバクゴーの事、宜しく頼む!』
電話を終えて、せっせとご飯を口に運んでいる爆豪くんに視線を向ける。一日で戻るとは言え、知らない女の人と二人で過ごすのは爆豪くんも嫌だろうし……光己さんに連絡して預かってもらうのが良いかもしれないな。うん、そうと決まれば連絡しよう。えーっと、光己さんの連絡先は……。
「おい、」
「っ爆豪くん、……食べ終わったの?」
空っぽになった食器を預かって「全部食べてくれたんだね」と笑い掛ける。むっつりとした表情の爆豪くんが唇をぱくぱくと開いて、何かを言っている。小さな声に耳を傾けて、……それを聞いたわたしの唇は自然と綻んでいた。
「…………ごちそうさま」
「……ふふ、ありがとう、爆豪くん」
「その''ばくごうくん''って呼び方、何かぞわぞわするからヤメろ」
「かつきくん、って呼んでいいの?」
「あぁ」
普段は恥ずかしくて名前呼びなんて出来ないけれど、子ども相手ならすんなり呼べる。かつきくん、とこっそり小さく口にした。大っきな目、ツンとした髪、ふっくらした頬っぺ。まさか子ども時代の爆豪くんに会える日が来るなんて。ふふ……なんか嬉しくなっちゃうなあ。
「おい、ゆーかい女」
……この扱いはちょっと凹むけどね!
「ゆーかい女ってわたしのこと……だよね」
「……名前」
「ん?」
「おまえの名前、教えろ」
「へ、ああ……ごめんごめん、そういえば名乗ってなかったね。なまえだよ」「……なまえ」
「なまえお姉ちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」
「ゼッテーやだ。…………おい、なまえ」
「何かな、かつきくん」
「お前、オレの子分にしてやってもいいぞ」
大きな瞳を爛々と輝かせて急にそんな事を言ってくるかつきくんが可愛すぎて危うく噴き出しそうになった。ふ、ふふ……っ子どもって何でこんなに可愛いんだろう!これが爆豪くんの幼少期だと思うと一層可愛くて仕方がない。
「子分にしてくれるの?」
「ああ。トクベツだからな」
「ふふ、嬉しいな。じゃあ、折角だし子分にしてもらっちゃおうかなあ」
髪を乱すように撫でると、薄っすらと頬を染めながらも大人しくしているかつきくん。……どうやら、気に入ってもらえたらしい。誘拐女扱いには割と傷ついていたので、嬉しくて自然と頬が緩んでしまった。
***
『−……と、いう訳で今日はそっちに居ないのよ。ごめんね、なまえちゃん……』
「ああ、そうだったんですね。こちらこそお忙しいのに申し訳ないです……」
『……それにしても勝己が幼少期の姿になってるなんてビックリ!ねぇなまえちゃん、勝己とっても可愛いでしょう!写真撮って送ってね!』
「それはもう可愛くて可愛くて……!写真はわたしにお任せ下さい!……あ、勝己くんに代わるのでお話ししてもらってもいいですか?」
『ええ、勿論よ!』
わたしの膝の上で光己さんとお話しし始めたかつきくんは、この短時間で驚く程わたしに慣れてくれた。短い足をぱたぱたと動かしながら話すかつきくんを微笑ましく見守る。「なまえはオレの子分になったんだ!」と嬉々として話すかつきくん……光己さんとどんな話をしてるんだろう……。
「ん」
「もういいの?……あ、電話切れてる」
「きょう一日、なまえと一緒にいろって言われた」
「……うん、今日は光己さんのかわりにわたしと一緒でも平気?」
「……ん」
「そっか、偉いねかつきくん」
「…………なあ」
「ん、なあに?」
「そのおとこ、なまえの恋人か?」
「へ」
かつきくんの視線を辿ると、そこには付いたままになっているスマホの待ち受け画面。煌々と光る画面に映るのはそっぽを向く爆豪くんと、彼の腕にぎゅっと抱き着いてカメラに向かってピースしているわたし。久々に皆で集まった時に撮ってもらった写真だ。
「なあ、」
「あ、あー……うん。そうだよ」
「そいつが好きなのか」
「…………恋人、だからね」
小さくなってるとはいえ、本人に聞かれるのは何だか不思議な恥ずかしさがある。かつきくんはどうしてそんな事を聞いて来たんだろう。じんわりと熱くなった頬を片手で扇ぎながら、かつきくんを見ると−−−何故か、めちゃくちゃ不機嫌だった。
「か、かつきくん……?」
「……なまえの、」
大きな瞳が、キッとわたしを睨み付ける
。
「なまえのばか!!!」
え、…………えぇーっ……!?
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