ナンパされ慣れてそうな顔をしていた

私には、何の前触れも無く頭の中でパチッとスイッチが入ったように知らない誰かが死ぬ映像が流れ出す、という役に立つのかどうか分からない力がある。映像の中で死んだ彼を偶然、街中で見つけて何も考えずに声をかけてしまった。人当たりの良さそうな笑顔で首を傾げた彼に、上手な言葉を一つも用意してなかった私は言葉に詰まる。そんな私に困ったように笑いながら冗談めかして「ナンパ?」なんて聞いてくれた彼の言葉に乗っかった。

きょとんとしてからお腹を押さえて肩を震わせて「ふ…っくくっ、ふはっ、ふふっ…」と笑いを堪える彼にじわりじわりと羞恥心が湧き上がってきて「…わ、笑いすぎでしょ」と苦言を呈す。「いや、いやだって…っぶはっ、あっははは!なにそれ!」と我慢できなかった彼が声を上げて、涙まで浮かべて笑う。

ひとしきり笑った彼は目尻の涙を指で拭いながら「あー笑った笑った。ひっさしぶりにこんなに笑ったわ。面白かったから乗ってあげる。どこに連れてってくれるの?」と私を見た。考え無しだった私にとって彼のリアクションは予想していなかったもので首を傾げる彼に倣って「お茶、とか?」と首を傾げた。

「それで、どうして俺に話しかけてくれたの?」と首を傾げられて「……夢で見た、から…?」と同じく首を傾げて返すと、彼は耐えられませんと言わんばかりに吹き出して笑った。「夢で見たの?俺の事を?」と肩を震わせて、それはもう楽しそうに笑う彼に恥ずかしさで顔が熱くなったのが分かった。

「ごめんなさい。急に、話しかけたりしちゃって」と肩を落として謝る私に彼は「ナンパは初めてじゃないけど、こんなに着いて行きたくなったナンパは初めてだよ」と笑う。反射的に声をかけてしまったが、確かに、よく見ると綺麗な顔をしている。「確かにナンパされ慣れてそうな顔してます」と返した私に彼は再び吹き出して笑う。

「ぶはっ…!あっははは!それ褒めてる?君、ほんと面白いね」と楽しそうな彼の姿にきゅうっと胸が苦しくなる。恋とか、そういう痛みでは無く、恐怖と不安。こんなにも優しく笑う彼を知ってしまったら、何が何でもあの夢を覆したくなってしまった。ぎゅっと手を握りしめて真っ直ぐに彼を見つめる。

それから息を吸って、目を閉じる。ゆっくりと息を吐いて、もう一度彼を見た。「お兄さん、爆弾に関わるお仕事とか、してますか」と尋ねた私に彼は大きく目を見開いてから「どうして?」と目を細める。返す言葉に迷って口を噤んだ私に「それも、夢で見たの?」と彼が微笑む。

こくり、と小さく頷いてから「信じて、もらえないかも、しれないんですけど…」と前置きをして話を始める。小さい頃から予知夢のようなものが見れること、先日見たそれに彼が出てきたこと、止まっていたタイマーが動き出して、彼が爆発に巻き込まれてしまうこと。そして、命を落とすこと。

ひとしきり話し終えたものの、彼の顔を見ることができない。彼の返事を聞くのが怖くて「こんなの、会ったばかりの知らない奴から言われても信じられないですよね…!その、頭の片隅にでも入れて置いて欲しくて…っほんと、良い気持ちしないですよね、忘れて…欲しくないけど、わすれてください…!ほんとに、ごめんなさい…」とまくし立てるように言葉を続ける。

自分でも何が言いたいのか、何を言っているのか分からなかった。膝の上でぎゅうっと手を握りしめて、俯いたまま目を閉じる。何て、言われるんだろう。このまま、逃げ出してしまおうか…なんて考えたのも束の間、小さく笑う彼の声が耳に入った。

ハッとして顔をあげると「じゃあ君は、夢で見ただけの俺を助けたくてナンパしてくれたってことだ」と優しく微笑む彼がいた。ぽかんとしながら「そ、ういうことに、なります…ね、」とたどたどしく返せば「優しいね」と彼が私を見て笑う。意味が、分からなかった。

普通なら、気持ち悪いとか変な奴とか、嫌な奴とか、思うはずなのに。どうして、私が優しいの。「これから、貴方は死にますって言われてるんですよ…?なんで、そんな、」と震える声で聞けば、彼はきょとんとしてから「君が、ずっと俺のことを気遣ってくれてるからだよ」と笑う。

「俺を不快な思いにさせたいだけなら言葉を選ぶ必要なんて無いし、もっと直接的な表現をすればいい。でも君は、俺を傷付けないように、不快にさせないようにしてくれてたでしょ。嫌な奴って思われるかもしれないって、そんなに泣きそうな顔をしてるのに、それでも俺に伝えたってことは、それだけ本気だったってことだよね?」と彼がゆっくり言葉を紡ぐ。

「夢で見たこと、もう少し詳しく聞いてもいい?せっかく君に出会えたんだから、死なないように対策したいし」と私向かってパチリとウインクをして見せた彼に肩の力が抜ける。握り締めていた手を解いてテーブルの上のぬるくなってしまったカフェラテに手を伸ばした。
backtop