恋に落ちる

「香澄ちゃん」と私を呼ぶ萩原さんの声が特別になったのはいつからだろう。「俺も最近よく躓くんだよね。だから手繋いでてくんない?」と笑いながら私の手を取って歩いてくれる萩原さんが、躓いてる所なんて見たことがない。

私に気を遣わせないようにしてくれる優しさが、堪らなく嬉しかった。でも、見てしまった。高いヒールを履いて、背の高い彼と並び立って、颯爽と歩く綺麗な女の人。私には無理だった。高いヒールも履けないし、身長も高くない。不自由になった体では、颯爽と歩くなんて夢のまた夢。

あんなにも素敵でかっこいい萩原さんの隣に立つ私は、一体どう、見えるんだろう。そう思ったら少しずつ萩原さんとの距離が開いていった。「ねえ、香澄ちゃん。俺、香澄ちゃんに何かしちゃった?」と困った顔で私に尋ねた萩原さんにきゅっと唇を噛み締めた。

「どう、してですか…?」と質問に質問で返した私に萩原さんは「香澄ちゃんに、避けられてる気がして」と肩を竦めた。その言葉にそんな事ないですよ、と返せなかった私が言葉を詰まらせると「俺といる時、いつも足元ばっかり見るようになったのと、何か関係ある?」と萩原さんは核心を突いてきた。

この人は、本当に、どこまで見えているんだろう。図星だった私は何も言えずに俯くだけ。「俺には、言えないこと?」と俯いた私の頬を萩原さんの指がするりと撫でる。「香澄ちゃん、こっち見て」と懇願するような声にゆっくりと顔を上げれば「ほら、やっぱり。泣きそうな顔してる」と優しく笑った萩原さんが私の目の下を親指でぐいっと拭う。

「何が嫌?どうしたい?俺、何でもするよ。だから、教えて?」と両手を握られて、真っ直ぐに見つめられる。「…わ、たし、」と震える声で言葉を紡ぐ。高いヒールは履けないし、身長も高くないし、颯爽とカッコよく歩けない。

そう言った私に萩原さんはきょとんと不思議そうな顔をした。「香澄ちゃん、高いヒール履きたいの?」と萩原が首を傾げるけれど、確かに良く考えれば高いヒールの靴が履きたいかと言われたらそうじゃない。

「香澄ちゃんが履きたいって言うなら、もちろん俺がエスコートするよ」と両手を握ったままニコリと微笑まれて返す言葉が無くなった。「…そうじゃなくて、」と視線をうろうろと彷徨わせてれば「俺さ、香澄ちゃんがここまで一人で来ました!って顔で笑って待ち合わせ場所まで来てくれるの、すっげぇ好きなんだよね。で、そんな香澄ちゃんと手繋いで一緒に歩いてショッピングするのも最高に楽しい訳よ」と萩原さんがくしゃりと笑う。

あんまり見ない、子供みたいなくしゃっとした笑顔。可愛いなって、ぼんやり思った。「高いヒール履いて、颯爽と歩く女の人は、そりゃまあカッコイイと思うよ?姉ちゃんもそんな感じだし?」とくすくす笑った萩原さんが私の手をぎゅっぎゅっと握る。

「でも、俺が一番大好きで、ずっと一緒にいたくて、守ってあげたい、守って欲しいって思うのは香澄ちゃんだけだよ」と優しく微笑んだ萩原さんと目が合って、ぶわりと顔が熱くなった。

「そういう顔も、香澄ちゃんだから、いっぱい見たいって思ってるよ」と真っ赤になった私の頬をつん、と人差し指でつついた萩原さんのせいで、心臓が痛い。「ぁ…、ぅ、」と口をぱくぱく開いたり閉じたりさせて固まる私を見て萩原さんが「ぷはっ、そんな顔されたら、俺期待しちゃうよ」と眦を下げる。

とろりと甘さを増した瞳が、私を映す。「きたい、して…いい、ですよ」と見つめ返せば、驚いたように目を見開いてから嬉しそうにふわりと笑って「俺のこと、好き?」と聞いてくる。「…すき、」と小さな声で返せば「おれも、だいすき」ととびきり甘い声が返ってくる。

バクバクと跳ねる心臓が苦しくて「わたし、しんじゃうかもしれない」と胸元の服をぎゅうっと握り締めれば「俺も、心臓爆発するかも」と同じように胸元の服を握り締めて萩原さんが笑う。こつん、と額が重なってくすくすと楽しげに笑う二人の声が重なって、宙に弾けた。
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