元々、私の頭を撫でるのが好きな人だった。髪の毛を撫で付けるような感じじゃなくて、髪の毛がくしゃっとするような撫で方。犬とか猫とかを撫でるように私の頭を撫でる松田さんに触れられるとドキドキするようになったのはいつからか。
普段はポケットに手を突っ込んだまま隣を歩いているけれど段差や階段があると松田さんは「ん、」と手を差し出してくれる。それが、例えどんなに些細なものだったとしても、だ。「これくらい平気ですよ」と笑った私に「嫌か?」と首を傾げるものだから「いや、とかじゃないですけど…」と言葉に詰まる。
「ならいいだろ。ほら、手」とふふん、と鼻を鳴らして私の手を取る松田さんは、その後ずっと手を繋いでいてくれる。その結果、段差や階段があるイコール松田さんと手を繋げる、と私の頭が認識するようになってしまった。
つまり何が起こるかと言うと、今のように階段を目の前にした私が、松田さんに手を差し伸べられるよりも先に自ら手を差し出してしまう状況が完成する訳だ。「……ごめんなさい。何でもないです」と両手で顔を覆って謝った私を見て松田さんは「ぶはっ!」と吹き出して笑った。
「おま、ふ…っくくっ…ふは、ハハハッ!」と一瞬我慢しようとして、我慢できなくて吹き出した松田さんがお腹を抱えて笑う。もう恥ずかしくて仕方が無い。「〜〜ッだって、松田さんがいっつも手繋いでくれるから…!」と真っ赤な顔で抗議の声を上げれば「分かってるよ。そうなってくれりゃ万々歳だと思ってやってんだから」と衝撃的な返事が飛んでくる。
「……へ?」と固まった私に「俺が好きでもない女の面倒を甲斐甲斐しく見るような男に見えんのか?」とニヤリと笑った松田さんが私の手をするりと取る。「ぅえっ、」と驚きの声を上げて肩をビクリと跳ねさせた私に見せつけるようにして、松田さんは指を一本ずつ絡めて手を繋いでくる。
「なっ…、ぅあ、…!?」と固まって口をぱくぱくと開いたり閉じたりさせる私を見て「気付くのがおせーんだよ」と松田さんは指を絡めて繋いだ私の手にちゅっと口付けを落とす。「〜〜ッ!?ま、まつ、…っ、な、…!?」と半分パニックになりながら手を離そうとするけれど、松田さんは離してくれない。
「逃げんなよ。ま、今更逃がしてやんねーけど」と悪戯っ子のように笑って「ほら、行くぞ」と私の手を引いて歩き出す。それでも、私の歩幅に、スピードには合わせてくれていて、その優しさが嬉しくて胸がきゅんと高鳴った。
「今まで、そんな素振り、なかったじゃないですか」と唇を尖らせて不満の声を上げれば「はぁ?言っとくけど、気付いてないのお前だけだぞ」と松田さんが怪訝な顔をする。どういう事だと首を傾げれば「分かりやすすぎるって、アイツら全員にはバレてっかんな」と松田さんが苦笑いをするから「……それ、って、つまり…?」と頬が引き攣る。
「俺がお前に惚れてることも、めちゃくちゃアピールしてんのにお前が1ミリも気付いてないことも、アイツらには全部バレてんだよ。…ったく、半分はお前のせいだからな」とちょっぴり頬を赤く染めて不満そうな顔をした松田さんが私の鼻をむぎゅっと摘む。
「い、いつからですか…!それ…!」と尋ねれば「気付いたら好きになってたんだから覚えてねぇよ」とド直球に返されてしまって、またしても顔が熱くなる。「本当はお前のペースに合わせようと思ってたけど、ここまで喋ってんだからもう関係ねぇか。今日の夜、お前に告白するから、返事考えとけよ」と不敵に笑ってビシリと人差し指を私に向けた松田さんにバクバクと心臓が音を立てる。
「か、かんがえるって、いわれても…」ともごもごしながら返せば、眉間に皺を寄せた松田さんが「何だよ」と私を見る。その瞳にほんの少し不安の色が混ざってて、可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
「……だ、だって、どれだけ考えても、はい、以外の答え…ないんですもん…」と呟いてから自分がとんでもなく恥ずかしいことを言っていると気が付いた。「〜〜ッ無し!やっぱり今の無し!」と声を上げれば「無しにする訳ねぇだろ」と松田さんが静かに呟いて私を見る。
数段しか無い階段を登りきって、私を見た松田さんが「告白したら、はい以外の答えは言わねぇんだよな」と手を握る。「は、はい…っ、」と震える声で返事をすれば「夜まで、待たなくていいか」と真っ直ぐ見つめられて、こくりと頷く。
ふわりと優しく笑った松田さんが「好きだ、香澄」と静かな声で言うから「わ、わたしも、すき…です、」と震える声で返事をする。一瞬の沈黙の後、ぐしゃぐしゃと勢いよく頭を撫でられて前が見えなくなって「こっち見んな」と小さく聞こえた声に思わず吹き出してしまった。