萩原研二に届いた手紙

「何だこれ」とポストから取り出したのは消印の無い封筒。薄い黄緑色の封筒には、ほんの少し右上がりな綺麗な文字で『萩原 研二 様』と書かれていた。送り主の名前は無し。イタズラかと思ったけれど、何だか胸騒ぎがした。

この手紙を見ないと、後悔する。そんな気がして、そっと封を開けた。中に入っていたのは封筒と同じ、薄い黄緑色の便箋。封筒に書かれていた文字と同じ文字で『萩原 研二 様』と書かれた便箋には信じ難い内容が綴られていた。


『突然、こんな手紙が届いて驚いていることと思います。驚かせてしまって本当にごめんなさい。

どうしてもあなたに伝えたいことがあってこの手紙を書いています。どうか、気味が悪いと思わずに最後まで読んでください。

この手紙は、あなたがいる時代よりもずっと先の未来で書かれたものです。

私の生きる時代にあなたはいません。7年前にあなたは亡くなってしまったから。』


「……は、」と思わず声が出た。最初から最後まで意味が分からない。一体、何の冗談だ。そう思いながら、更に文章を読み進める。


『あなたのいない未来が、あなたがいないこの時代が、私は耐えられなかった。

どうにかして、あなたに生きていて欲しい。死なないで欲しい。あなたに、笑っていて欲しい。

だから、この手紙を書いています。この先には、あなたが亡くなった原因の全てを記します。

あなたが生きる未来を、あなたの手で、守ってください。』


書かれた文字は所々滲んでいて、送り主が書きながら涙を流していたことが分かった。震える手でもう一枚の便箋に目を落とす。そこには、配属先で事件に巻き込まれて萩原が命を落とすまでの経緯が詳細に記されていた。

自分事とは思えないほどに丁寧で、残酷で、まるで小説を読んでいるようだった。手紙の最後には、こう書かれていた。


『この手紙はきっとあなたには届かないでしょう。起こるはずのない奇跡に縋って、私はこの手紙を書いています。

でも、もしも奇跡が起こるのなら。もしも、あなたにこの手紙が届くのなら。

どうかあなたが死なない未来を、あなたが生きる時代を、作れるのなら。

そう思ったら手紙を書かずにはいられませんでした。

驚かせてしまってごめんなさい。怖がらせてしまってごめんなさい。困らせてしまってごめんなさい。

あなたの未来が幸せで満ちていることを、心から願っています。』


最後まで、送り主の名前は無かった。けれど、涙で滲んだ文字が、微かに震える文字が、送り主がこの手紙にどれほどの気持ちを込めていたのかは伝わった。そして、その気持ちが他の誰でもない萩原自身に向けられていることも。

不思議と気味の悪さは感じなかった。これから数ヶ月後、この手紙の通りに萩原は爆発物処理班に配属されることが決まっていた。全てを信じた訳ではないが、全てが嘘では無いことは分かった。

手紙の主が自分の身を泣くほど案じてくれていること。自分の死を嘆き悲しみ、その運命を捻じ曲げようとするほどに自分を想ってくれていること。それだけは嘘じゃないと、分かったから。それだけで十分だった。

「必ず生き延びてみせるよ。君が生きる未来に、生きて会いに行くから」 そう呟いた萩原が祈りを捧げるように手紙に額をそっと当てると便箋からどこか覚えのある香りがふわりと舞って、宙に消えていった。
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