「あ?なんだこれ」とポストから取り出したのは消印の無い封筒。何の文字も書かれていない薄い黄緑色の便箋を幼い子供のように「俺の宝物なんだ」と大事にするようになった萩原に「ふぅん」と興味無さげに返事をしたことを思い出した。
薄い紺色の封筒には、ほんの少し右上がりな綺麗な文字で『松田 陣平 様』と書かれていた。送り主の名前は無し。イタズラかと思ったけれど、萩原のことを思い出して封を開けた。
中に入っていたのは封筒と同じ、薄い紺色の便箋。封筒に書かれていた文字と同じ文字で『松田 陣平 様』と書かれた便箋には萩原が話していた通りの内容が書かれていた。
『突然、こんな手紙が届いて驚いていることと思います。驚かせてしまって本当にごめんなさい。
どうしてもあなたに伝えたいことがあってこの手紙を書いています。どうか、気味が悪いと思わずに最後まで読んでください。
この手紙は、あなたがいる時代よりも少し先の未来で書かれたものです。
私の生きる時代にあなたはいません。3年前にあなたは亡くなってしまったから。』
「チッ」と思わず舌打ちが零れた。随分とふざけた手紙だと思った。まるで意味が分からない。けれど「俺がここにいるのは、この手紙のおかげなんだ」と何も書かれていない白紙の便箋を見つめていた萩原の言葉を嘘だとは思えない。
つまり何か、自分にも同じ手紙が届いていると言うことか。不審に思う気持ちを払拭できないまま、松田は文章を読み進めた。
『萩原さんの敵を討つためにあなたも亡くなってしまいました。
あなたのいない未来も、あなたがいないこの時代も、やっぱり私には耐えられなかった。
どうにかして、あなたに生きていて欲しい。死なないで欲しい。あなたに、笑っていて欲しい。
だから、この手紙を書いています。この先には、あなたが亡くなった原因の全てを記します。
あなたが生きる未来を、あなたの手で、守ってください。』
書かれた文字は所々滲んでいて、送り主が書きながら涙を流していたことが分かった。4年前、萩原は死にかけた。けれど、萩原は「俺、こうなるって分かってたんだよ」と肩を竦めて笑っていた。
「俺には、女神様がついてるんだ」と静かに涙を流した萩原が頭を過ぎった。二枚目の便箋には、萩原が死んだ後、部署異動を願い出た松田が配属先で再び同一犯による爆弾事件に巻き込まれて、命を落とすまでの経緯が詳細に記されていた。
松田の異動が決まったのは、つい先日の事。誰にも話したことの無いはずの松田の心情が、まるで物語の一部のように、そこに記されていた。そして、手紙の最後には、こう書かれていた。
『萩原さんの時と同様に、この手紙はきっとあなたには届かないでしょう。
起こるはずのない奇跡に、まだ縋っている私は、懲りずにこの手紙を書いています。
もしも奇跡が起こるのなら。もしも、あなたにこの手紙が届くのなら。
どうかあなたが死なない未来を、あなたが生きる時代を、作れるのなら。
そう思ったら手紙を書かずにはいられませんでした。
驚かせてしまってごめんなさい。怖がらせてしまってごめんなさい。困らせてしまってごめんなさい。
あなたの親友である萩原さんは救えなかったけれど、この先のあなたの未来が幸せで満ちていることを、心から願っています。』
最後まで、送り主の名前は無かった。けれど、涙で滲んだ文字が、微かに震える文字が、送り主がこの手紙にどれほどの気持ちを込めていたのかは伝わった。萩原が妄信的なまでにこの手紙を大事にしていたことも、腑に落ちた。
不思議と気味の悪さは感じなかった。萩原から、話を聞いていたからだろうか。それとも、会ったことも無い手紙の送り主に絆されたからか。松田にとっては知らない誰か。けれど、松田の死を嘆き悲しみ、運命を捻じ曲げようと足掻く、不器用な誰かの姿を思い浮かべて松田は小さく笑みを零した。
「二回も奇跡を起こしちまうなんて、案外女神様ってのも嘘じゃねぇのかもな」と穏やかな表情で呟いた松田は便箋を封筒に仕舞った。