どうやら選択を間違えてしまった

自分の分の紅茶と、蘭ちゃん用のミルクティーをお盆に乗せて書斎へ運ぶ。きゃあきゃあと楽しげな蘭ちゃんの声が聞こえてきて、そうっと扉を開ければキラキラした顔の蘭ちゃんと目が合う。蘭ちゃんに抱き上げられた新一がキッと私を睨み付けるけれど、全く怖くない。

「あら、仲良くなったの?」
「この子どうしたの?すっごく可愛い!」
「ふふ、蘭ちゃんならそう言ってくれると思った」

白々しく驚きながら蘭ちゃんのカップをデスクの上に置けば、蘭ちゃんは興奮冷めやらぬ、と言った様子で新一をぎゅうぎゅう抱き締めている。先程まで私を睨み付けていた新一は、蘭ちゃんに抱きしめられた瞬間にデレッと表情を緩ませる。満更でも無さそうな顔してんじゃないわよ。

「こんなに可愛い親戚の子がいるなら教えてよ〜!」

そう言って楽しそうに笑った蘭ちゃんを見てなるほど、と思った。親戚の子であれば、この家に出入りしててもおかしくない。咄嗟の言い訳にしては頑張った方だろう。頭の回転は早いのに咄嗟の言い訳が苦しいのは母によく似ているな、とくすくすと笑っていればムッと不満そうな顔をした新一が蘭ちゃんの腕の中から逃げ出して私の元へと駆けてくる。

「〜〜ッ香澄姉ちゃん!」
「蘭ちゃんの抱っこが恥ずかしくなっちゃったの?」
「そ、そんなのじゃないよ…!」

私の足の後ろに隠れるようにして顔だけひょっこりと覗かせている新一の頭を撫でながら笑った私に、新一はわざとらしく首を横に振る。そんな新一の姿が蘭ちゃんには可愛く映ったようで、蘭ちゃんはふわりと優しく微笑む。

「コナンくんも新一と同じでお姉ちゃんのこと、大好きなんだね」
「だからそんなのじゃないってば…!」

楽しそうに笑いながら新一を見る蘭ちゃんの口から飛び出した聞き慣れない名前。大方、蘭ちゃんに名前を聞かれて咄嗟に名乗ったのだろう。デスクの陰の本棚に置かれた本の中で、今の新一の目線の高さにある本を考えれば何となく想像は付く。蘭ちゃんの言葉に顔を赤くしながら、勢いよくぶんぶんと首を横に振って私を見た新一、もといコナンくんの頭をぽんぽんと撫でる。

「私としては、この子があんなにも大人しく蘭ちゃんに抱っこされてる方がびっくりしたよ。昔から新一と仲良かったし好きな女の子のタイプも似ちゃったのかな」
「お姉ちゃん!!」
「あははっ、冗談だよ。ごめんね、蘭ちゃん」

万が一にも新一とコナンくんが同一人物だと思われない為に、と思って発した言葉だったけれど、蘭ちゃんにも思いのほか刺さってしまったようで真っ赤な顔で抗議の声が上がる。笑いながら謝れば、真っ赤な顔のままぷうっと頬を膨らませた蘭ちゃんがカップに口を付けた。

「……おい」
「あら、どうしたの。コナンくん?」

足元から飛んできた低い声と、鋭い視線。にっこりと笑みを浮かべながらコナンくんの前にしゃがみ込めば、コナンくんが私の耳元に口を寄せる。

「どういうつもりだよ…!」
「新一とコナンくんが別人であることを匂わせただけじゃない」
「もっと他に言い方あるだろ」
「え?だって蘭ちゃんのこと好きなんだよね?間違ってないでしょ?」
「〜〜ッだからそういうことじゃねぇんだよ…!」

じわりじわりと顔を赤くするコナンくんの頬をつつけば、鬱陶しそうに叩かれる。どれだけ嫌だったとしても、蘭ちゃんに新一とコナンくんが同一人物であることは隠さないといけない。ぶつぶつと文句を言っているコナンくんの頭をくしゃりと撫でて立ち上がれば、眉を下げた蘭ちゃんと目が合う。

「どうしたの?」
「あ、えっと…コナンくんのご両親が、しばらく帰ってこないって聞いたんだけどほんと…?」

何か言いたげな蘭ちゃんに首を傾げて言葉を促せば、視線をうろうろと彷徨わせた蘭ちゃんがゆっくりと口を開く。飛び出してきた言葉にちらりとコナンくんを見れば、こくこくと何度も首を縦に振って話を合わせてくれ、と目で訴えかけてくる。

「そうなの。だからしばらくはウチに泊まることになってるよ」
「お姉ちゃん、コナンくんのお世話しながら受験勉強って…大丈夫なの?」
「……大丈夫じゃないわね」

小さくなってしまったとは言え、中身が高校生であることは変わらない。今までも自分のことは自分でやらせてたし問題ないだろうと思っていたが、蘭ちゃんは心配そうに眉を顰める。傍から見たら受験勉強を理由に親戚の子供を放置している姉になりかねないことに気が付いてしまい、ため息が出た。

体裁を守るためにも表向きはコナンくんの保護者として面倒を見てあげる必要がある…が、生憎そんな余裕は無い。咄嗟の言い訳にしては頑張った方、と言ったが前言撤回だ。何だってこんなに面倒な設定にしたんだ。

「コナンくんとお姉ちゃんが良かったら、何だけど…コナンくん、ウチに来る?」
「えっ…?」

私から必死に視線を逸らすコナンくんに額を押さえていれば、蘭ちゃんがコナンくんの前にしゃがみ込む。にこりと笑ってコナンくんの頭を撫でた蘭ちゃんの申し出に、思わず目をぱちぱちと瞬かせてしまう。

「新一が面倒見れるとは思わないし、お姉ちゃんも大変だろうし…あっ、でも二人が良ければ、だけど…!」
「僕、蘭姉ちゃんのとこがいい〜!」

なんて良い子なんだろうと感動する私を横目にコナンくんが両手を上げて蘭ちゃんにぎゅうっと抱き着く。可愛い〜!と笑いながらコナンくんを抱き締める蘭ちゃんは微笑ましいけれど、弟の露骨な下心を目の前にして何とも言えない気持ちになった。

「本当にいいの?蘭ちゃんも大変でしょ?」
「もちろん!お姉ちゃんには昔からいっぱいお世話になってるし、お姉ちゃんの役に立てるなら嬉しい」
「……私、蘭ちゃんが妹で良かったわ」
「ま、まだ妹じゃないよ…!」
「まだってことはなってくれる予定ではあるんだ?」
「んもう!お姉ちゃん!」

コナンくんから視線を蘭ちゃんに移して、申し訳なさげに眉を下げれば蘭ちゃんが照れながら笑う。あまりにも可愛くて嬉しい理由に、堪らず蘭ちゃんの頭をぽんぽんと撫でる。私の言葉に真っ赤になって怒る蘭ちゃんの腕の中で、コナンくんも同じように顔を赤くしていて思わず吹き出して笑ってしまった。

「コナンくん、蘭ちゃんのおうちではいい子にしててね」
「うん!ちゃんと蘭姉ちゃんの言う事聞いて、良い子にするよ!」
「……そう。蘭ちゃん、何かあったらすぐ連絡してね。おじさんにも後でご挨拶に行くから、伝えておいてくれる?」

蘭ちゃんと手を繋いで玄関に立つコナンくんの頭をそっと撫でる。見たことが無いくらいのきらきらした笑顔を見て、表情が引き攣ってしまいそうになる。何とかそれを堪えて蘭ちゃんに声をかければ、笑顔で頷いてくれる。

二人を見送って部屋に戻り、先ほどポケットに入れたスマホを取り出した私は父にメッセージを送った。母に連絡をすると、父に伝えずに帰って来る可能性が高いから…と思っていたのだが、今回ばかりは選択を間違えてしまったらしい。メッセージを送った数秒後にも関わらず、スマホが母からの着信を告げる。

「もしもし香澄ちゃん!?新ちゃんの小さい頃に会いたいかってどういうこと!?何でこんな面白そうなことをママに送ってくれないの!?」

勢いよく耳に飛び込んできた母の声に、思わずスマホを耳から離す。これは長い夜になりそうだとため息を吐いてから、私は電話の向こうの両親へ事情を説明した。
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