姉は、弟の見えない日々が寂しい

帰国した両親は私の頭を撫で回して頬にキスを落とし、これでもかと言うほどに抱き締めてからどこかに行った。嵐のような勢いの良さにツッコむ間もなかった。母がウキウキしながら新一の名前を呟いていたから、恐らく新一の元に行ったのだろう。せっせと変装の準備をしていたから、恐らくコナンくんになってしまった新一を驚かそうとでもしているのだろう。何歳になっても楽しいことや面白いことが好きな母らしいと言えば母らしい。そんな私の予想は大正解だったようで、不満そうな顔をしたコナンくんが私の元へやって来た。

「姉さんも、知ってたのかよ」
「何の話?父さんと母さんが帰国してたこと?」
「そうじゃなくて…!」
「楽しそうに変装の準備をしてたのは知ってるけど……何かあったの?」
「本当に知らねぇのかよ……」

ぶすりと唇を尖らせる新一に首を傾げれば、新一が求めていた返事ではなかったようで声を荒げられる。新一にこんな顔をさせるなんて、一体あの二人は何をしたんだと怖いものみたさで尋ねれば、新一は盛大にため息を吐いた。それから語られたのは両親による盛大なドッキリの内容。かなり意地悪なシナリオに思わず私の表情が引き攣った。恐らく驚かしたいと言った母のために、父が考えたものだろう。疲れ切った顔でソファに身を預ける新一の頭を撫でて、お疲れ様、と笑えば新一は目を細めて私の手を受け入れる。

「あ、そうだ。二度目の小学生はどう?友達出来た?」
「……姉さん、面白がってるだろ」
「あは、バレちゃった」

コーヒーを入れたカップを持って、ふと気になったことを口にした私に新一はジトリと私を見た。私と同じようにコーヒーの入ったカップを傾ける新一にくすくすと笑みを零せば、新一は益々不満そうに唇を尖らせる。少し前から怪しまれないためにも、と新一は小学校に通っていた。久しぶりに引っぱり出したランドセルを背負った新一の写真を思わず撮ってしまったのは記憶に新しい。段ボールに入れて奥の方にしまい込んでいた小さい頃の服もついでに引っぱり出してきて、思わずファッションショーを始めてしまったのもつい最近の話。だって可愛かったんだもの。

「新しい服、買う?」
「いらねぇ」
「一緒に買い物行こうよ」
「受験勉強してんじゃねぇのかよ」
「たまには休憩も必要じゃない」
「今も休憩してんじゃん」

まさにああ言えばこう言う。くすくす笑う私にぐでっと凭れかかりながら本を読む姿は高校生の新一の時と何も変わらない。強いて言えば体重が軽くなって、私に触れる面積が小さくなったことくらい。視線は本に向けたままだけど、私の言葉にはちゃんと返事をしてくれる新一の頭をさらさらと撫でる。さっきから本のページが一ページも進んでいないのは、私との会話に意識を向けてくれているから。こういう素直じゃない所が可愛くて仕方が無い。

「友達できたら紹介してね」
「はぁ?何で」
「学校にいる時の新一のこと、聞きたいんだもん」
「聞かなくていいっつーの」

ぽん、と頭に手を置いて笑った私の言葉に、本から顔を上げた新一がきょとりと首を傾げる。ふふ、と口元を押さえて笑いながら返事をすれば、新一は嫌そうな顔でまた本に視線を戻す。蘭ちゃんや博士から話は聞いているから、友達が出来たことは知っている。そして、その子達と一緒に探偵団なるものを結成していることも知っている。お姉ちゃんには全部バレてるぞ、と思いながらも可愛い弟の口から直接聞きたいと思うのが姉心というものだ。

「仕方無いじゃない。今までは同じ校内にいて、いつだって話を聞けたのに…今はそうじゃないから…」
「姉さん……」

微かに声を震わせて、そっと視線を落とす。泣き落としだなんて、とんでもない。どれだけ冷たい態度を取ろうとも新一は優しい子だ。現に困ったように眉を下げて私を見た新一は、小さな声で私を呼ぶ。その声色に勝利を確信したけれど、私はすっかり忘れてしまっていた。新一の身長は、私よりもずっとずっと小さくなってしまっていたことを。

「……まさか、今までも全部泣いてなかったのかよ」

ジトリ、と私を見た新一に、思わずきょとりと目を瞬かせてしまった。それから、今の新一の目線の高さに気が付いて納得する。今までは新一が私を見下ろすような形だったから騙せていたけれど、下から見上げられてしまえば泣いていないことなんて簡単にバレてしまう。まして今はソファに一緒に腰掛けていて距離も近い。

「バレちゃった」
「バレちゃった、じゃねぇよ」
「ごめんね、新一。でも寂しいのは本当だよ」
「……どうだか」

てへ、と舌を出して肩を竦めれば新一は大きくため息を吐く。けれど、寂しかったのは本当だ。一緒に学校に行って、たまに校内で出会って話をして、タイミングが合えば一緒に帰ったりして。家に帰ってくれば新一がいて、一緒にご飯を食べて、テレビを見て。そんな何気ない日々が、少し前からどこにも無い。ほんのちょっぴり、弟ロスだったのかもしれない。ぽつり、と小さく呟いて新一を後ろからぎゅっと抱き締めれば、不満そうな声が返ってくる。抵抗はされないから、受け入れてもらえてはいるようでホッとした。

「ごめんね、新一」
「……別に」
「たまにはこうやって帰ってきてね」
「たまにな」
「うん。ありがとう」

新一の小さな体を抱き締めながら謝れば、素っ気ない声が返ってくる。でも、それは決して拒絶じゃないことを、私は分かっている。ぎゅっと抱き締める手に力を込めて、まぁるい頭に頬を寄せる。私の寂しげな声色に気付いたのか、気付いていないのか、新一は暫く私の腕の中で大人しくしていてくれた。
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