可愛い弟に嫌われたくない姉心

かくかくしかじか。厄介な事件に首を突っ込んでしまい、新一が小さくなってしまったことを簡潔に両親に伝えると、悩ましげな声で唸る父さんの隣で、母さんは楽しげな声を上げていた。さすがと言うべきか何というか。このリアクションを見ていると、しみじみ新一は母さん似なのだと思う。

「新一は父さんと母さんには言うなって言ってたけど、さすがに言わない訳にいかないし…」
「遅かれ早かれ気付くことだ。香澄が気にすることじゃないよ」

そう言って小さくため息を吐いた私に父さんは苦笑いを零して頷いてくれた。教えてくれてありがとう、と続けられた父さんの言葉にホッと息を吐く。緩んでしまった頬を見られていなくて良かった。わざとらしく咳払いをして居住まいを正せば、まるで私の姿を見ているかのように父さんが笑う。

「……なぁに」
「いや、何でもないよ。ところで、その事件とやらに香澄は巻き込まれていないだろうな?」
「わたし?私は全然。帰ってきたら新一が小さくなってたから驚きはしたけど…詳しいことはなんにも聞いてないわ」

ぶすりと頬を膨らましながら父さんに抗議すれば、くすくすと楽しそうな笑い声が聞こえてくる。それからすぐに飛んできたのは、普段中々聞く機会の無い父さんの静かな低い声。ぴり、と電話の向こうの空気がヒリついたのを感じたけれど、残念ながら私は何も知らない。知らない、というよりも知りたくない、の方が正しいから聞かなかっただけなのだけれど。とは言え、最低限のことは聞いている。

「ただ、相当厄介なことに首を突っ込んだのは確かみたい。自分が生きていることがバレたらマズい…とは言ってたから」

苦笑いを浮かべながら、新一から聞いた話を父に伝える。正直なところ、どの程度危険なのかも分からないし、私に危険が及ぶ可能性と言うのも未だに他人事のように思っている。新一があちこちで事件に首を突っ込んでいるのとは正反対で、私は事件に関わったことはほとんど無い。たまたま通りかかっても知らないフリをして通り過ぎているし、新一と違って好んで首を突っ込んだりもしない。どこか他人事のような私の口ぶりが、どうやら父を心配させたらしい。

「香澄、こっちで一緒に暮らす気は無いか?香澄の成績ならこっちの学校への編入も問題ないだろう」

相談、と言うよりも懇願に近い声色だった。昔から娘の私を蝶よ花よと大事にしていた父の事だから、自分の目が届かない場所で娘の命に危機が迫っていると思ったら居ても立っても居られなくなってしまったのだろう。父の声にチクリと胸が痛んだけれど、私はその言葉に頷くことは出来なかった。

「新一を、一人残してそっちに行くつもりは無いよ」
「……だろうな。お前ならそう言うと思っていたよ」
「分かってて聞くなんて意地悪ね」

ハッキリと言い切った私に、父は大きく息を吐いた。私の返事なんて分かりきっていたはずなのに、わざわざそれを口にしたのは私の罪悪感に訴えかけたかっただろう。現に、父の心からの心配の声に私の心はしっかり痛んだ。けれど、新一が危ない目に遭うかもしれないと言う状況で、私が我先にと安全地帯に避難することは絶対にしたくなかった。意地悪な父の物言いに不満気な声を上げた私に、父は再び苦笑いを零してから口を開く。

「もし、新一がこっちで一緒に暮らすことを望んだら、お前はどうする?」
「それこそ絶対あり得ないわ。あの子の目は本気だった。父さんと母さんがどれだけ言っても無駄だと思うよ」

父の言葉に、思わず声を上げて笑ってしまった。父と母に伝えるなと言い切った新一の目は本気だった。一度首を突っ込んでしまった難事件を、何が何でも己の手で解決してやると言う強い意志を感じた。だから私は何も言わなかったし、止めなかった。何を言っても無駄だって、分かっていたから。くすくすと楽しそうに笑う私の声を聞いて、電話の向こうの父は今度こそ諦めたように大きく息を吐いた。

「…分かった。近いうちに一度日本に帰るから、その時に新一と話をするよ」
「そうね。その方が良いと思う。あ、でも私が言ったって言わないでよ?一応新一に口止めされてるんだから」
「お前のことだ。新一の頼みに明確に頷いた訳じゃなく、頷いたように見せかけただけだろう?」

この話をした時点で、父と母は一度帰国するだろうと分かっていた。が、私から話を聞いて帰国しました、なんて言われたら新一が私に文句を言うのは目に見えている。可愛い弟に裏切ったと冷たい目を向けられるのは正直堪えがたい。だからこそ、もし私が父と母に話したとバレてしまった時の為に逃げ道を用意していた訳なのだが…まさか、そこまで父に見透かされているとは思わなかった。思わず目を見開いて言葉を詰まらせた私に、父は図星か?とくすくす笑う。

「新一には上手く誤魔化すさ。お前は何も心配しなくていい」
「…うん。ありがとう、父さん」

優しく、安心できる力強い父の言葉に肩の力が抜けたのが分かった。知らず知らずの間に息を詰めていたようで、声が緩む。それすらも父は見透かしていたようで楽しそうに笑う声が聞こえてくる。ふわりと頬を緩めて笑った私は、父と母の久しぶりの帰国がほんの少し楽しみになってしまった。
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