あの二人はとっくに死んでるはず

「あ、香澄さん。いらっしゃいませ」と微笑んだ安室さんに軽く会釈をして「安室さん、こんにちは。いつもの、お願いできますか?」と返す。「ええ、勿論。カウンター、どうぞ」と空いているカウンター席に手を向けた安室さんにお礼を言って椅子に腰かける。

行きつけの喫茶店で、馴染みの店員さんが作ってくれるカフェラテが大好きな私は、しょっちゅうこの店を訪れていた。「本日のおすすめケーキ、どうします?」と首を傾げた安室さんに「あ、今日は大丈夫です。この後、用事があって」と告げれば、彼はきょとりと目を瞬かせる。

注文したカフェラテを私の前に置きながら「もしかして、彼らと?」と笑った彼に「あはは、正解です。ありがとうございます」とお礼を伝えれば、にこりと微笑みかけられる。「都合が悪い時は、ちゃんと断ってくださいね。彼ら、結構強引なので」と苦笑いを零す彼に「ふふ、そうですね。そうします」と笑いながら返してカップに口を付ける。

先程から刺さるような視線を向けられているのは、彼と仲良さげに会話をしているから……だろうか。聞く所によればファンクラブなるものがあるらしい。つまり、傍から見れば今の私は推しから過剰なファンサを受けているぽっと出の奴だ。刺されないようにしよう。

そっと腕を擦りながらスマホを開けば、この後一緒に食事に行く予定の二人からメッセージが入っていた。内容はどちらも少し遅れそうなのでどこかで時間を潰していて欲しい、といったもの。了解です、とウサギが敬礼をしているスタンプを返しておけば忙しい二人に返信の手間をかけさせなくて済むだろう。

「彼らからですか?」とグラスを拭きながら楽しそうに笑う彼に、こくりと頷いて「はい。何だか忙しくなっちゃったみたいで」と肩を竦めれば、徐々に日が落ちてきた外をちらりと見てから安室さんが「あまり遅くなりそうなら迎えに来てもらってくださいね」と困った顔をする。

「お店、そんなに遠くないですよ?」と首を傾げれば「それでも、暗くなってからの一人歩きは危ないですよ。きっと彼らも同じように言います」と彼の言葉尻に力が入る。そんな彼の思いが通じたのか否か、先に仕事を片付けたらしい萩原さんから『迎えに行くよ!』というメッセージと一緒に車に乗ったウサギのスタンプが送られてきた。

あまりのタイミングの良さに「あははっ、ちょうど萩原さんから迎えに行くって連絡がきました」と声を出して笑いながら彼にスマホの画面を見せれば彼が「ね?言ったでしょう?」と悪戯っ子のように笑う。

「まあでも、まだ仕事が終わらないご様子の松田さんは後から文句を言いそうですけどね」と肩を竦めた彼に「確かに。今日はいつも以上に労わってあげようと思います」と同じように肩を竦めて返して二人で笑い合っていれば、突然背後から「ねぇ」と声をかけられる。

びくりと肩を揺らして振り返れば、信じられないものを見るような目で私を見つめる制服姿の女の子が立っていた。「えっ、と……?なにか……?」と恐る恐る返事をすれば「萩原と松田って爆発物処理班の?」と尋ねられ、あまりの勢いに頷くことしかできない。

二人の知り合いだろうか。それにしては、少しリアクションがおかしい気が……と思っていれば「は?あの二人はとっくに死んでるはずでしょ?何で生きて……」と不穏なセリフが聞こえてきてしまいギョッと目を見開く。二人が死んでいる、とは一体どういう事なんだ。

何となくざわざわと嫌な感じがして「あ、あの……」と声をかければ、再び顔を上げた彼女が私の肩を掴む。「アンタが救済したの?どうやって?ていうか、原作への影響とか考えないの?」と血走った目で私を問い詰める彼女に感じたのは恐怖、だった。

「な、なにいって、…っいた、離して…っ、」と震えながら彼女の手を振り払おうとするけれど「アンタのせいで原作通りに進まなかったらどうすんのよ!何考えてんの!?あの二人は、死んでなきゃいけないのよ!」と怒鳴られて頭が真っ白になった。一体、この子は何を言っているの。

呆然とする私を見て、ハッと我に返った安室さんが、カウンター越しに彼女に手を伸ばそうとした瞬間だった。カランカランと扉が開く音がして「えっ、何?なんか取り込み中?」ときょとんと首を傾げた萩原さんが入ってくる。

そんな萩原さんの姿を見た途端に彼女は私をキッと睨み付けて「ほんとに生きてるんだけど、最悪」と小さな声で呟いて、私の肩から手を離す。先程まで座っていた席から荷物をひったくるように取って、唖然とする安室さんを急かすように会計をした彼女が店を飛び出す。

突然の出来事に頭が追いつかない。「香澄ちゃん、大丈夫?」と心配そうに顔を覗き込む萩原さんと目が合って、先程の彼女の『あの二人は、死んでなきゃいけないのよ!』というセリフが頭の中で再生される。カタカタと指先が震えて、喉がきゅうっと狭まった。

「は、はぎ…っわらさ、」と名前を呼べば、震える手を大きな手で握り締めた彼が優しく私を抱き寄せる。「何かよく分かんねぇけど、大丈夫。ここにいるよ、大丈夫」と背中をぽんぽん、と叩かれてゆっくりと呼吸が落ち着いていく。

指先の震えも徐々に落ち着いてきて、再び彼の名前を呼べば「大丈夫そ?」と首を傾げた彼と目が合う。こくりと頷けば「ん、よかった」と微笑んだ彼がゆっくりと体を離して「で?何してたの、アレ」と安室さんの方へ体を向ける。

が、私と同じように顔色の悪い安室さんを見て「……なぁんか、嫌な予感するんだけど」と彼が苦笑いを零す。何だか、良くないことが起こる気がして。そして、私も彼らも、それに巻き込まれてしまう気がして。ぞわりと、冷たい何かが背筋を走った。
back/top